第13話 N-001〔野田の野帳〕
六月二十日、最初の角質片が出土した。SK-07の底面下、深度三・八メートルの位置。爪のような、骨片のような、角張った小片だった。長さ約一・八センチ、幅約〇・六センチ、厚さ約〇・二ミリ。乳白色で、表面に微細な縦縞があった。
その場で、N-001の番号が振られた。現場の整理担当がピンセットで丁寧に取り上げた。出土時の角質片は土壌が付着していた。基礎的な洗浄が現場の洗浄台で行われた。
洗浄を担当したのは野田だった。洗浄ブラシで、表面の土を落とした。水で軽く流した。微細なゴミを取り除いた。
洗浄しながら、野田は何かを感じた。角質片の断面がおかしかった。通常、角質片というのは爪や角や骨片の一部だ。本来はより大きな器官の一部として存在していたものが、何かの作用で切断されて、小片になっている。切断面は切断の機構に応じた特徴を示す。鋭利な刃物による切断、自然剥離、咬合による断裂——それぞれの機構が断面に痕跡を残す。
N-001の断面に、切断の痕跡がなかった。断面はなめらかだった。なめらかというのも、研磨されたなめらかさではない。「もともとそういう形だった」と感じさせるなめらかさ。角質片の周囲がもともと角質片であって、より大きな器官の一部ではなかった、と感じさせる断面。
「切断されていない」と野田は思った。「切断されていない」という表現を、野田は野帳に書いた。書いてから、その表現をしばらく見た。「切断されていない」という表現は、観察記録としては不適切だ。N-001が何かの一部であるならば、その「何か」から取り出されたはずだ。「切断されていない」は、N-001が単独で存在していた、という主張に等しい。
しかし、断面はそう感じさせた。野田は表現を訂正しなかった。「断面の特徴:切断痕なし。形成過程不明」と書き直した。
外部分析機関に、N-001を含む複数点の角質片を、追加分析のために発送した。分析の結果報告書は後に二度に分けて返ってきた。一度目は表面の元素分析。二度目は形態学的分析。
二度目の報告書に、こう書かれていた。「N-001の断面に、明確な切断痕は認められない。当該角質片は、独立した形成過程によって、現在の形状で形成された可能性がある」。独立した形成過程。
角質というのは爪や角、つまり、より大きな身体の一部として形成される組織だ。独立した角質——というのは、生物学的には、極めて珍しい。しかし、N-001以降、出土した角質片はすべて、同様の断面を持っていた。角質片は現場の発掘の進行とともに徐々に出土数を増やしていった。最初の数日はN-001からN-009まで。一週間後にはN-024。十日後にはN-051。二週間後にはN-082。
数えるのが追いつかなかった。しかし、必ず数えた。数えなければならない、と全員が暗黙に感じていた。角質片は、骸ケ谷の現場の、最も多く出土する遺物だった。
最も多く出土する遺物が最も来歴の不明な遺物だった。
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