第16話 初仕事


「魔物治療師」という肩書きを得て最初の正式な仕事は、街の外に張られた隊商の野営地からの依頼だった。


「ギルド公認の治療師様が来てくださるとは、話が早くて助かります」


出迎えた隊商主は、白髪交じりの髭を撫でながら深々と頭を下げた。ハナは慣れない敬語に落ち着かない気持ちになりながらも、なんとか笑みを返す。


「いえ、まだ駆け出しなので、精一杯やらせていただきます」


「駆け出し、ね」


隣を歩くシロが小さく喉を鳴らした。からかいの色を含んだ響きに、ハナは横目で睨む。


「否定はしないでよ」


「事実だと言っているだけだ。腕前は駆け出しの域をとうに超えている」


不意打ちの褒め言葉に、ハナは何も言い返せなくなった。



依頼の内容は、隊商が飼っている輸送用の従魔――大型のリザードが、長旅の途中で足を痛めたというものだった。


「無理をさせすぎたんです。次の街まで急がないと商品が傷んでしまうもので……」


隊商主の言葉に、ハナは横たわるリザードへ歩み寄る。後ろ足の一本が不自然な角度に腫れ上がっていた。触れると、リザードは低く唸り、警戒するように尾を振る。


「大丈夫。痛いのすぐ楽にするから」


囁くように声をかけ、手をかざす。淡い光が足に染み込むと、腫れが見る間に引いていった。リザードの唸りが、戸惑うような小さな鳴き声に変わる。


「……もう痛くない?」


ハナが問いかけると、リザードは大きな瞳をぱちりと瞬かせ、確かめるようにゆっくりと足を踏みしめた。そして――尻尾で地面を叩き、満足げに喉を鳴らした。


「治った、治りましたよ! ほら、ちゃんと立ってる!」


隊商員たちの間から歓声が上がる。隊商主は目に涙を浮かべながら、何度も頭を下げた。


「ありがとうございます、本当に……! これで予定通り出発できます」


「お役に立てて良かったです」


自然とこぼれた言葉に、ハナ自身が一番驚いていた。誰かの役に立てたことを、こんなにも素直に喜べる自分がいる。



作業を終え、隊商の焚き火を囲んで軽い食事を振る舞われていた時だった。


「――ハナ、と言ったか」


声をかけてきたのは、隊商に同行していた老齢の傭兵だった。日に焼けた顔に深い皺を刻み、腰には使い込まれた長剣を提げている。


「はい」


「聞き覚えのある名だと思ったが……もしや、レオンの元パーティーにいた娘か?」


その名前に、ハナの手が止まった。


「……ご存知なんですか」


「昔、酒場で見かけたことがある程度だ」老傭兵は肩をすくめ、焚き火に薪をくべた。「役に立たないヒーラーだったから外された、と巷ではそう言われていたな」


胸の奥がちくりと痛んだ。忘れたつもりでいた棘が、まだそこに残っている。


「本当のところは知らんが」老傭兵は焚き火の炎を見つめながら続けた。「離脱の話を持ち出したパーティーの方も、随分と辛そうな顔をしていた、という噂も聞いたことがある。蔑んで切り捨てたにしては、妙な話だとは思っていた」


その言葉に、ハナは息を呑んだ。考えたこともなかった可能性だった。


「今のお前を見て、噂とは随分違うものだと驚いている」


老傭兵は目を細め、リザードの足元を見やった。


「あのレオンという青年、今頃どうしているのか気になるところだな。手放した才を、今頃どんな顔で聞くことになるか」


軽い調子の言葉だったが、ハナの胸には静かに沈んでいった。


シロが隣で、そっと体を寄せてくる。


「気に病むことはない」


「うん……分かってる」


ハナは焚き火を見つめたまま、小さく呟いた。


「でも、いつかちゃんと会える気がする。その時、今の私を見せられたらいいなって、思う」


それは恨みでも、見返してやりたいという意地でもなかった。ただ、素直な願いだった。


シロは何も言わず、金色の瞳でしばらくハナを見つめていた。



野営地を後にし、街へ戻る道すがら、ハナはふと足を止めて夜空を見上げた。


満天の星の下、隊商の灯りが遠くにぽつりと浮かんでいる。


「今日、ちゃんと役に立てたね」


「ああ」


「これからも、ちゃんと役に立てるといいな」


シロは前を向いたまま、静かに答えた。


「君は既に、十分すぎるほど役に立っている。あとは――君自身が、それを信じられるかどうかだ」


その言葉を胸に刻むように、ハナはゆっくりと頷いた。


星明かりの下、二人の影は寄り添うように、街への道を歩いていった。

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