『鮮血の辺境伯』の恐ろしくも優しい真実
辺境伯領が目覚ましい発展を遂げ、厳しい冬の中に確かな春の兆しが見え始めた頃。
執務の合間のささやかなティータイム中、セレスティアは淹れたての紅茶をレオンハルトに手渡しながら、ふと気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、レオンハルト様。一つお伺いしてもよろしいですか?」
「ん? ああ、何でも聞いてくれ」
不器用な手つきでティーカップを受け取ったレオンハルトに、セレスティアは小首を傾げる。
「王都では、旦那様は『鮮血の辺境伯』という恐ろしげな二つ名で呼ばれていました。ですが、領民を我が子のように慈しむあなたが、なぜそのような血生臭い呼ばれ方をするようになったのでしょうか?」
その問いを聞いた瞬間、レオンハルトは「ぶふっ!」とむせ返り、慌てて口元を拭った。
普段の堂々とした姿からは想像もつかないほど狼狽え、気まずそうに視線を泳がせている。
「あー……それは、その……非常に情けない話なのだが」
彼は大きな手で顔を覆い、耳の先まで真っ赤にしてポツリポツリと語り始めた。
「……五年前のことだ。『魔の森』から、百頭を超える魔物の群れが突発的に溢れ出したことがあってな。一番近い開拓村に迫っていた」
「百頭も……! それは防衛隊を編成しなければ間に合いませんね」
「ああ。だが、隊の集結を待っていては村が滅んでしまう。だから俺は……部下と村の前に立ち塞がり、三日三晩、魔物を狩り続けたんだ」
何でもないことのように語るが、それは常人離れした鬼神のごとき武勇伝である。
しかし、問題はその後に起きた。
「三日目の朝、ようやく王都からの視察団と援軍が到着した時……俺は疲労の極致にいてな。頭から爪先まで、倒した魔物の返り血を浴びて真っ赤に染まり、息を切らして立ち尽くしていたんだ。目には大量の血が入って、視界もぼやけていて、無意識にひどい睨み顔になっていたらしい」
そこまで語り、レオンハルトは深くため息をついた。
「王都の貴族が、震えながら『あの百頭の魔物はどうしたのだ……』と聞いてきた。俺は喉がカラカラでまともに声が出ず、ただ一言、『すべて挽肉にしてやった』とだけ唸って……そのまま疲労で立ったまま気を失ったんだ」
「…………」
「後日、目が覚めた時には、王都の貴族たちの間で『レオンハルトは全身を血で染め、狂ったように笑いながら敵を挽肉にする恐ろしい男だ』という噂が定着してしまっていた。……弁解するのも面倒で放っておいたら、『鮮血の辺境伯』などと呼ばれるようになってしまったんだ」
つまり、領民を守るために文字通り血みどろになって単身で戦い抜いた結果、極度の疲労と口下手が災いして「残忍な狂戦士」という最悪の誤解を生んでしまった、というのが真相だった。
「……ふふっ、あはははっ!」
こらえきれず、セレスティアの口から銀の鈴を転がすような笑い声が溢れ出した。
王都では完璧な「氷の令嬢」として決して声を上げて笑うことなどなかった彼女が、お腹を押さえて無邪気に笑っている。
「笑い事じゃないんだ、セレスティア。俺はただでさえ人相が悪いのに、そのせいで君まで怯えさせてしまったんじゃないかと……」
肩を落とす巨大な熊のような夫を見て、セレスティアは優しく微笑み、すっと彼に歩み寄った。
そして、戸惑う彼のごつごつとした大きな両手を、自らの白く滑らかな両手でふわりと包み込む。
「怯えるだなんて、とんでもありませんわ。その恐ろしい二つ名は、あなたが自己を犠牲にしてまで領民を守り抜いたという、果てしなく深く、優しい愛の証明ではありませんか」
「セレスティア……」
「私、その不器用で温かいエピソードを聞いて、ますますあなたのことが愛おしくなりましたわ」
真っ直ぐに見つめられ、甘く熱を帯びた言葉をかけられたレオンハルトは、一瞬息を呑み、そして限界を迎えたように顔を真っ赤にしてうつむいた。
「……君は、本当に……俺には勿体ないくらい、優しくて美しい人だ」
照れ隠しのように、包み込まれた手をそっと握り返してくるレオンハルト。
そのひどく不器用で誠実な愛情表現に、セレスティアの胸の奥も甘く痺れるように温かくなる。
恐怖の象徴とされた『鮮血』の二つ名は、今や二人の間で、不器用な英雄の底抜けの優しさを示す、何よりも愛おしい言葉へと変わっていたのだった。
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