第36話 オールドメイド③

 ゲームに使ったカードをロボットが一度回収し、シャッフルして再び配り直す。

 黒部と八城の手札、そしてテーブルに伏せる山札の三つが均等に配られ、第二ラウンドの準備は完了した。


 ババ抜き三本勝負の第二戦。

 第一ラウンドで敗北した八城にとっては、絶対に勝たなければならない戦いだ。

 しかし数字の揃ったカードを捨てる八城の表情には覇気がない。カードを並べ替える動きも遅い。黒部の異能スキル——〝無気力アパシー〟の効果が今も続いているのだ。


「——黒部さん。こんなときですけど、あなたと嶋瀬円花の関係について、聞かせてもらっていいですか?」


 不要なカードを捨て終えた八城が、扇状に手札を広げながら黒部に訊いた。まるですでに勝利することを諦めて、黒部に慈悲を請うているような発言だ。


「彼女の情報を渡すのは、きみが勝利した場合の報酬だったはずだが?」

「ええ、ですから今は、あなたのことを聞いてます。ひとまずは、あなたがいつどこで彼女と知り合ったのか。彼女とはどういう知り合いだったのかを聞かせていただければと」

「詭弁だな」


 堂々と開き直る八城の態度に、黒部は呆れたように苦笑する。


「だが、それくらいは話してもいいか。二人プレイのババ抜きというのは、単純作業の時間が長くて退屈だからな。もしかしてきみがババ抜きを選んだのは、それが狙いだったのか?」

「そういうわけではありませんが、ここならほかに邪魔が入らないと思ったので」


 相手の手札と山札から、それぞれ一枚ずつカードを抜き、数字の揃ったカードを捨てる。駆け引きが本格化する終盤までは、そんな機械的な作業の繰り返しだ。お互いに思い出話をする程度の余裕はある。


 それに遊戯場のステージの上にいる八城と黒部には、専属看守の繰嶋を除けば誰も近づけない。皮肉にも黒部と秘密の話をするには、この衆人環視の舞台の上が最適だったのだ。


「学部は違うが、俺は嶋瀬と同じ大学の先輩だ。彼女は俺の三学年下になるな」


 八城の説明に納得したのか、黒部は意外にもすんなりと話し始める。


「黒部さん、実は意外に若いですか?」

「本当に若いきみにそう言われるのは不思議な気分だな」


 嶋瀬円花は八城よりも七歳年上の二十六。その三学年上ということは、黒部はせいぜい三十歳前後ということだ。実年齢よりも老けて見えるのは、強面のせいなのかもしれない。


「彼女とはどういう関係なんです?」

「従姉の交友関係が気になるか?」


 興味ありげに訊き返されて、八城は心底嫌そうな顔をする。繰嶋といい黒部といい、年上の従姉に憧れる少年の役割を八城に押しつけたくて仕方がないらしい。


「安心しろ。俺と彼女の間に恋愛感情のようなものはない。それどころか友人と呼べるのかも怪しいな」

「ええ、安心しました。あの人を迷いなく友人と呼ぶような人間と、まともな会話が成立するとは思えませんから」


 からかうような口調の黒部に、八城は痛烈な皮肉で応えた。

 黒部は真顔で、八城のその発言に同意する。


「たしかにな。その意味では俺はきみに対して親近感を持っているよ。同じ被害者同士だからな」

「被害者? もしかして、黒部さんも冤罪で神座監獄に送りこまれたんですか?」

「冤罪か……なるほど、きみの罪は嶋瀬に捏造されたものか。四百五十億円などというふざけた被害額からして、たぶんそんなことだろうとは思ったが」


 驚く八城を見返して、黒部は納得したように深くうなずいた。


「あいにく俺の罪状は、嶋瀬とは直接は関係ない。俺の言う被害者というのは、嶋瀬の才能に振り回された人間同士という意味だよ。心当たり、あるだろう?」

「ちょっと数え切れないですね」


 八城は、黒部の発言を肯定した。そう。嶋瀬円花は、たしかに傍迷惑な人間だったが、それ以上にずば抜けた才能の持ち主だった。

 特に彼女が好んだのは株式や外国為替におけるリスキーな投資で、その分野においてはAIやプロの機関投資家すら遥かに凌駕する実績を誇っていた。

 しょせん個人規模の取り引きだから、資産の総額はたいしたことはない。だが、そんな投資を続けていれば、否が応でも関係者の目に止まる。

 いつしか彼女の周囲には、多くの投資家や金融関係者、そして権力者が集まるようになっていた。彼らは嶋瀬円花を自分たちの陣営に取りこんだり、あるいは都合よく利用しようとした。


 しかし彼らの誰一人として、彼女の破滅的な思考を理解できる者はいなかった。

 嶋瀬に唆されて破産したものや、彼女が提案した賭けに巻きこまれて蹂躙された者は数知れない。そんな彼らの怒りの矛先は、当然、嶋瀬本人と彼女の周囲の人間へと向かう。

 嶋瀬の従弟であり、彼女の使いっ走りをやらされていた八城は格好の標的だ。単なる嫌がらせで済めばまだいいほうで、命の危険を感じたことも一度や二度ではない。

 おそらく黒部も、似たような体験をしてきたのだろう。


「学生時代の俺は、賭け事に嵌まっていてね。あまり大っぴらにできないような場所にもちょくちょく出入りしていたんだが、その縁で彼女と知り合ったんだ」

「なるほど」


 嶋瀬は真っ当な金融商品だけでなく、アンダーグラウンドのギャンブルにも当然のように手を出していた。闇カジノなどの違法賭博の類いはもちろん、競馬などの予想屋や私設のブックメーカーの運営にまで関わっていたらしい。


 幸いなことに、八城はその方面についてはあまり詳しくない。さすがの嶋瀬も、当時まだ未成年だった八城を、闇カジノなどにまで連れていくようなことはなかったからだ。

 だから、そこに八城の身代わりとなる犠牲者がいてもおかしくはない。おそらく黒部は、そんなふうに嶋瀬に見出された彼女の世話係の一人だったのだろう。


「おかげでずいぶん厄介事に巻きこまれたよ。彼女には、金とコネと才能があるからな。そういう人間は嫌でも権力者を引き寄せる。それが味方であれ、敵であれ、ね」

「そうかもしれません」

「そんなわけで、俺は好むと好まざるにかかわらず、たまに嶋瀬の護衛のようなことを引き受けていたんだ。大学の恩師からの依頼でね」

「そうですか。それはまあ、ありそうなことですね」

「納得してもらえたか?」

「いちおう話の辻褄は合ってますし、今の僕にはあなたが噓をついていても確かめる方法がありませんからね。それに黒部さんは、わりと彼女が好きそうなタイプの人ですし」

「なるほど。たしかにそう言われても嬉しくはないな」


 きみの気持ちがわかったよ、と黒部は複雑な表情で溜息を洩らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る