母親に振り向いてもらいたいと願う語り手の寂しさと、赤ちゃんを守ろうとする母親の切実な愛情。どちらも一見すると理解できる感情なのに、読み進めるほど違和感が積み重なり、「愛情」と「執着」、「優しさ」と「狂気」の境目が揺らぐ。
とりわけ印象的なのは、語り手が懐かしむ、かつて母親と二人きりで過ごした幸福な時間。その記憶を知ることで、現在の母親の姿だけではなく、過去の愛情さえも別の角度から見えてきます。深く愛することは、救いだったのか。それとも、すでに狂気の入口だったのか――。読み終えたあとも想像が広がり、冒頭からもう一度確かめたくなる物語でした。
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「お母さんは、たぶん気が狂っている」
物語は、そんな不穏な一文から始まります。語り手である「わたし」の視線を通して描かれるのは、静かな病室での母子の日々。
お母さんの腕に抱かれ、子守唄を聴き、窓の外の夏祭りに心を躍らせる……その様子は一見すると少し物悲しいけれど、どこか温かさを感じさせる日常の風景です。
しかし、読み進めるうちに読者は違和感の正体に気づかされます。
お母さんの瞳が何を見ているのか。
なぜ看護師はあんなにも怯えているのか。
そして、この語り手である「わたし」は、本当は何者なのか。
本作の最大の魅力は、語り手の無垢な愛と、それが引き起こす凄惨な現実との圧倒的な温度差です。
お母さんの笑顔を信じ続け、ただひたすらに愛されることを願う語り手の健気な姿が、読めば読むほど残酷なほどに切なく、そして底知れない狂気を孕んで響きます。
物語の結末、最後に明かされる真実に触れたとき、あなたはきっと冒頭に戻りたくなるはずです。
その時、景色はすべて違って見えるでしょう。
短い文字数の中に凝縮された美しくも冷徹な心理サスペンス。
この静かな衝撃をぜひその目で確かめてください。
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