第17話 「一か月後の変化」

――それから、一か月。


朝のランニングは、一日も休まず続いていた。


最初は公園を一周するだけで息切れしていた。


でも今は違う。


二周。


三周。


少しずつ、走れる距離が伸びている。


家では軽い筋トレも始めた。


腕立て伏せ。


腹筋。


スクワット。


どれも回数は多くない。


それでも、毎日続けていた。


「……。」


鏡を見る。


劇的には変わっていない。


でも、前より少しだけ顔つきがすっきりした気がする。


姿勢も、少しだけ良くなった。


何より――。


「前より、疲れなくなったな。」


それが一番の変化だった。


コンコン。


「透真ー。」


姉ちゃんが部屋に入ってくる。


「あ。」


俺を見るなり、目を丸くした。


「……何?」


「ちょっと待って。」


じーっと見られる。


「……な、何。」


「変わった。」


「え?」


「うん。」


姉ちゃんが頷く。


「なんか、雰囲気変わった。」


「……そう?」


「前より、ずっといい。」


……。


少し照れる。


「努力ってすごいね。」


「……まだ一か月だけど。」


「一か月も、だよ。」


その言葉が、少しだけ胸に残った。


◇◇◇


学校。


「おはよう。」


教室へ入る。


すると。


「あれ?」


春斗がこちらを見る。


「……?」


「お前……。」


「……何。」


「なんか変わった?」


「……。」


またか。


「髪伸びた?」


「いや、そんなに。」


「違うな……。」


春斗が腕を組む。


すると。


「分かった。」


湊真が言った。


「顔。」


「顔?」


「少しすっきりしてる。」


「……。」


「それだ!」


春斗が手を叩く。


「なんか前よりシュッとしてる!」


「そう?」


「うん!」


そんなに変わっただろうか。


すると。


「確かに。」


後ろの席の男子も頷いた。


「最近、雰囲気違う。」


「え、マジ?」


「うん。」


……。


なんだか、落ち着かない。


◇◇◇


昼休み。


「柊瀬くん。」


「……ん?」


天瀬さんが近づいてくる。


「最近、何か始めた?」


「……なんで?」


「ちょっと変わった気がする。」


……女子にも分かるんだ。


「朝、走ってる。」


「え?」


「ランニング。」


「……すごい。」


少し驚いた顔をする。


「毎日?」


「うん。」


「……。」


天瀬さんがじっとこちらを見る。


「……何?」


「頑張ってるんだなって。」


「……。」


その一言だけで。


少しだけ胸が熱くなる。


「……ありがとう。」


「ううん。」


そして。


「なんか、いいね。」


「……?」


「そうやって努力できるの。」


……。


また、言葉に詰まる。


最近、褒められることが増えた気がする。


まだ慣れない。


全然慣れない。


◇◇◇


放課後。


「お疲れー!」


月栞珈琲。


「お疲れさまです。」


エプロンを着る。


すると。


「あ。」


星乃先輩が近づいてきた。


「透真くん。」


「はい?」


「背、少し伸びた?」


「いや、それはないと思います。」


「でも、なんか変わった!」


その声で、他の先輩たちも集まってきた。


「ほんとだ。」


「雰囲気違うな。」


「何かしてる?」


「……ランニングを。」


「へぇ!」


朝霧先輩が笑う。


「偉いなー。」


「続けてるの?」


「……一か月くらい。」


「……。」


「……。」


なぜか、みんな固まった。


「……?」


「一か月?」


「はい。」


「毎日?」


「はい。」


すると。


「すご。」


御門先輩が、ぽつりと言った。


「え。」


「毎日続けるのって、意外とできない。」


「……。」


「それ、才能だよ。」


――才能。


その言葉に、思わず目を見開く。


俺が?


才能?


「そんなこと……。」


「ある。」


御門先輩は真っ直ぐ言った。


「努力を続けられるのも、立派な才能。」


……。


その言葉が、胸の奥へ深く落ちていく。


努力を続けられること。


それが、才能。


今まで一度も考えたことがなかった。


「透真くん。」


朱莉さんが優しく笑う。


「最近、本当にいい顔するようになったね。」


「……そうですか?」


「うん。」


そして。


「自信、少しついてきた?」


「……少しだけ。」


そう答えると。


みんなが笑った。


◇◇◇


帰り道。


夜空を見上げる。


たった一か月。


でも。


髪を切った。


友達ができた。


バイトを始めた。


ランニングを続けた。


そして――。


少しだけ、自分を認められるようになった。


もちろん、まだまだだ。


クラスの人気者でもない。


イケメンでもない。


自信だって、まだ少ししかない。


それでも。


「……変われてるのかな。」


小さく呟く。


すると。


スマホが震えた。


【お疲れさまです! 明日の朝も頑張りましょう!】


小鳥遊さんからだった。


思わず、少し笑う。


【うん。明日もよろしく。】


送信する。


空には、きれいな月が浮かんでいた。


少し前まで。


明日が楽しみなんて思ったことはなかった。


でも今は違う。


明日が来るのが、少しだけ楽しみだ。


それだけで。


十分、変われているのかもしれない――。


そう思えた夜だった。

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