転生乙女無双 リンネ

叔母と向き合うリンネの決意と第二の覚醒

01:一 人 じ ゃ な い よ


 転生乙女無双リンネ:01 ――一人じゃないよ――




 九月の連休明け、時折吹く風が秋の訪れを感じさせる。

 学院はいつもの喧騒を取り戻していた。


 リンネはあの日の戦いに思いを馳せる。

 未だ冷めやらぬ余韻は彼女の心を揺らす。


 そして清算しなければならない叔母との関係。

 リンネの感情は千々に乱れていた。




 ――


 あの日、“ケニヒスベルク”という一都市が崩壊したけれど――


 世界が滅亡の危機に瀕していた事を、私達以外は誰も知らない。

 世界の在り方が、ほんの少しだけ変わってしまった事にも気付いていない。


 エーテルが枯渇して誰も彼もが、

「世界が停止してたものね」


 学院では『エーテルは“世界の基底物質”で“情報伝達媒体”で、』と教えてるけど。

“演算リソースそのもの”という概念が存在しない……。


『文明の根幹としては致命的な欠落だ』


 アルト君の言う通りだ。

 それを知らず、不完全で非合理な魔術頼みで回ってる世界って、ちょっと怖い。


 もっともアルト君はこうも言ってた。


『“大分岐”した世界の真実を知る必要なんてない。

 自分で言った事と矛盾しちゃうけどな。ははっ』




 アルト君は世界を越えてまで、奥さんとの再会を果たした。

 その上、世界滅亡の危機まで回避してしまった。


「なんだか遠くに感じるなぁー」


 私だって当事者のつもりで――

 覚悟を決めて共に在ろうとしたんだけど。


 結局、最後まで一緒に戦う事は出来なかった。


 あの時――


『ごめんなさい……ギッテさん。ごめんなさい!


 必ず戻ってきて……。


 大好き――アルト君!』


 奥さんの目の前で抱き付くなんて、さすがに節操がなさ過ぎたかな?

 もしかしたら最後かもしれないって、そう思っちゃったんだもん。




 アーデさん達と合流し、無事の帰還を祈った。

 その時に世界が停止して、記憶は一旦そこで途切れる。


 気付いたらみんな、“あの”何もない白い空間――

 サンジェルマンさんがうところの、“コンソールルーム”に転移させられていた。


『閉じられた“フラスコ”さ』なんて事も言ってたっけ。

 二〇〇年近くもあんな場所で……「どんな気持ちで生きてきたんだろう」


 私達を守ってくれたんだろうな。


 アルト君は人生を終えた後、あのコンソールルームで再構築されて――

 もしかして、永遠に神様をやらされるの!?


「……あんまりだよ」




 そして、アルト君の視界を通して全てを見た。


 ルイさんが“全エーテルを枯渇”させ、停止させた世界。

 色彩が失われていく様を、何も起きない“仮死状態”の世界を……。


 アルト君は“神の権能ソースコード”で、再びエーテルが満ち溢れる世界を取り戻した。


 もし一文字でも書き間違えたら――

 今頃この世界は最初から無かった事になってたのかな。


 書き換えた後のアルト君、物凄く震えてたな……。


 それでも完全に元通りとはならなくて、世界は少しだけ形を変えた。

 空の色はちょっと薄くなって、遠くの山の形は描き直したように滑らかになった。


「同質量のエーテルに変換……」


 まるで神話みたい。




 それから――


『……みんな、ありがとう。これでお別れだ』


 サンジェルマンさんを世界から……消滅させた瞬間も、見てた。


 体から魂が分離する様子は、言葉にし辛いデジタルなグロさだった。

 彼の魂はその後もしばらく消えずに、アルト君と最期の会話を楽しんでた。


 サンジェルマンさんはその“ホムンクルス”の肉体で、ルイさんが取り込んでた“神の残滓バグ”を全部引き受けて、そして――


『ぉ前と過ごした時間、楽しか、た――相棒!』


 アルト君の視界を共有してたから、彼の顔は見えなかったけど、声で分かるよ。

 サンジェルマンさん自身は満足そうだったけど。


 否応なしで友達の命を奪わなきゃならないなんて、あまりにも残酷過ぎるよ。


 あれがアルト君の孤独? 一生背負い続ける地獄?


 あ! 一生どころじゃ……。




 改めて考える度に『アルト君は神様なんだ』と思い知る。

 その事実だけを切り取ってみれば、やっぱり凄く遠くに感じる。


 だけど一方では、

『地獄を生きる彼を隣で支えられたなら、どんなに幸せだろう』とも思う。


 それが許されるのはギッテさんだけなんだと、情けなくなるくらい理解してる。

 私が割り込む余地なんて、一ミリもないって。


 それでも、と――




「気持ちが変化し始めてるのかなぁ?」


 そういうのとは少し違う気がする。


「アルト君の事かしら?」


 アーデさん……。


 彼女はどうなのかな?

 その後、何か変化はあったのかな?


「今は奥様もご一緒に暮らしてらっしゃるものね」


 いくら“前世で長年連れ添った夫婦”でも、今は一五歳らしく部屋は別々。

 そこは正直ホッとした。


 アルト君の家では、ちょっとした騒ぎになったらしいけど。

 家族から余程信用されているのか、あっさりと許可が下りたそうだ。


 ギッテさんのご実家へは、リーさんも一緒に三人で、改めて挨拶しに行くという。


 ギッテさんのお姉さん――ミルダさんの不安な顔は私も見た。

 一刻も早く無事を報せて、安心させてあげて欲しい。


 やるべき事が全て済んだら、ギッテさんも学院に編入するそうだ。




「やるべき事かぁー」


 私がやるべき事。

 それは――


“ケムニッツ先生”が亡くなる直前の言葉。


『君の叔母上も、“プロイセン”から多額の報酬を受け取っている。

 君をここに送ったのは、学問のためではない。


“特殊な個体”である君を、検体として引き渡す契約金デポジットを受け取ったからだ』


 唯一、血の繋がった親族に売られたんだと知った。

 あの時は『私、要らない子なんだ』って、『いっそ消えて失くなりたい』って思った。




「やるべき事は、分かってるんだけどなぁ」


「叔母さんの事でしょ?」


 あの時、エルネさんも“イルゼ会長の執務室”に居たもんね。


 エルネさん……絵に描いたようなツンデレだったのに。

 最近、ツンデレの“ツン”が減った気がする。

“デレ”が増えた訳でもないけど。


 彼女なりに前を向いて、歩き出してるんだろうな。


「それで、いつ行くか決めたの?」


「うーん……行きたくなーい。会いたくなーい」


「冬は絶対無理でしょ。もう幾らもないわよ。

 早く予定を決めてよね。一緒に行ってあげるんだから」


「ううーん……ん? え!? 『一緒に行く』って言った?」


 びっくりした。

 エルネさん、そんなに私を心配してくれてるんだ。


「当たり前でしょ――って!


 べ、別にあんたの為じゃなくて、じ、自分の為なんだから!」


 あ、久しぶりに出た……絵に描いたようなツンデレ。


 ツインテールの先を摘んでイジイジしてる。

 エルネさん、優しくて可愛い♪


「エルネさんが一緒に来てくれるんだったら、凄く心強いよー」


「“ノルボッテン”に里帰りされるのでしたら、わたくしもご一緒させていただきますわ。

 他ならぬリンネさんの、人生の一大事ですもの」


「! ありがとう、アーデさ~ん。心の友よー」


 私は“ジャイアン”か!?


「リンネの実家へ行く話だろ?

 あの話を聞いちまった以上、部外者じゃいられねえよ。


 荷物持ちでも何でもやるぜ」


 ヤン君まで!


「ぼ、僕は布団が離してくれないんで――」


 ふふっ。

 ニコ君は相変わらずね……ホッとする。


 ヤン君がニコ君にウザ絡みしてる。

 あー、日常が眩しいわぁ。


「そう言うなよぉ、『心の友よ』」


 ヤン君、ジャイアンの台詞が気に入ったのかしら?

 彼ってちょっと、“映画のジャイアン”っぽいもんね。


 ジャイアンの栄誉は彼に譲ろう。


 ……ぷっ。

 ジャイヤン――




 ……友達が着いてきてくれるのは心強いんだけど、それでも気が重いな。


「なんだ水臭いなぁ。

 声を掛けろよ。俺も行くよ」


「アルト君! で、でも……ギッテさんのご実家へは?」


「挨拶は後でも大丈夫だろ。

 詳しい事はギッテ自身と、智則――リーに説明してもらうよ。


 色々あって先送りにしちゃってたけど、行かなきゃ何も解決しないもんな」


 アルトく~ん!

 奥さんと再会したばかりで離れたくないだろうに、私達を決してないがしろにしない。


 ああ、私、やっぱりこの人の事が大好きだ。


「で、十月にまたまとまった休みがあるだろ。

 その辺りでどうだろう?


 プロイセンは“演算装置”を失って、今すぐには何も出来ないだろう。

 船なら旅程を大幅に詰められる」


 うぅっ、私の事なのにアルト君が引っ張ってくれるよぉー。

 ああ、だめだ、しっかりしなきゃ。


「うん。時期的にはギリギリ大丈夫じゃないかな。

 みんな、私の為に、本当にありがとう」


 心強い! 嬉しい!

『一人じゃないよ』って言われてるみたい。


 私って現金だなぁ……だけど私自身の問題だもの。

『行きたくない』なんて、もう思わない!


 叔母さんと、きちんと向き合って話すんだ――




(本編ここまで)


 ――


読んでくださりありがとうございます。


この作品は、

「灰色のエントロピー――転生物理学者と世界のソースコード――」の登場人物による外伝です。


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※ この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

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