非常会議を解散して、席のほうを残しました
最後の非常会議は、雨の日だった。
大広間の天井から二か所で漏っていて、桶を置いた。雨音のせいで、後ろの席まで声が届かない。誰かが板を持ってきて、前のほうへ立てかけた。書いた字を見せながら話すことになった。
十九日が、三日になっていた。
「浄水は、水源側の修理が終わりました」
リゼッタが読み上げた。
「一日あたりの魔力は、三か月前の四割です。病院の冷却は、風の設備で二台ぶん代替できています。食料庫は、辺境の採取契約が動き始めたので、来月から自前です」
数字は、危機と呼べる形をしていなかった。
「では、非常会議を続ける理由がありません」
俺は言った。
最初に声を上げたのは、王宮側だった。
「続けてください」
財務の次官だった。三か月で、いちばん多く俺と揉めた人だ。
「この会議があるから、うちは数字を出しています。無くなれば、元に戻ります」
「戻さないための会議を、非常のままにはできません」
「非常でなくなったら、誰が我々に出せと言うんですか」
その問いに、俺が答えるのは間違っている気がした。
傍聴席のほうを見た。八十席のうち、六十ほどが埋まっている。膝に布を巻いた男が、いつもの場所にいた。地下で転んだ人だ。今日で二十二回目の傍聴になる。
「席を残します」
俺は言った。
「非常会議は今日で解散します。代わりに、この八十席を常設にします」
「傍聴席を、ですか」
「傍聴ではありません。数字を出させる席です」
板に、条件を三つ書いた。
一つ。魔力の使用計画は、起動の七日前までにこの席へ出す。出ていないものは起動しない。
二つ。席の八十人は、六か月ごとに入れ替える。市民職の名簿から選ぶ。断ってもよい。
三つ。席は止めることができる。止めた席は、理由を書く。
「勇者さまがいなくても、ですか」
魚を扱っている女が訊いた。前のほうにいつも座っている。
「俺がいなくても動きます。というより、俺がいると動かなくなります」
「どういう意味だい」
「三か月、俺が読み上げてきました」
俺は板の前に立ったまま言った。
「読み上げる人間が、風で灯りをつけて、水を運んで、そのうえで数字を読むと、みんな数字より俺を見ます。俺が正しそうだから、その数字も正しそうに見える。それは、審査じゃない」
「あんたが読まなきゃ、誰が読むんだい」
「読む人を、この席から出します」
膝に布を巻いた男が、手を挙げた。
「言っときますが、俺は読むのが遅い」
「遅くていいです」
「間違えます」
「間違えたら、そこで止まります。それが席の仕事です」
男は手を下ろして、それから小さく頷いた。
休憩に入って、桶の水を捨てに行った。雨は弱くなっていて、中庭の石畳に濡れた匂いが立っていた。光輝が柱のところにいた。
「常設にすると、俺の光も毎回出すことになるぞ」
「なる」
「面倒だな」
光輝は自分の手のひらを見ていた。
「でも、出さないほうが面倒か。前は、出してるって誰も知らないまま、勝手に使われてた」
午後、解散の採決をした。
非常会議の解散に、反対が十一票あった。反対の理由は、板の裏へ全部書いた。書いたうえで、解散は決まった。
最後に、リゼッタが議事の綴りを閉じようとして、手を止めた。
「一件、残っています」
「六人の件だな」
四十年前からの召喚九件のうち、帰った記録が無い六人。
「三か月で、二人まで分かりました。一人は帰っています。記録を取る役の人が病気で、書かれないままでした」
「もう一人は」
「帰っていません。この国で亡くなっています」
広間が静かになった。
「残る四人は、まだ分かりません」
「調べる係を、席に置きます」
俺は言った。
「今日から三日で、俺の帰還の審査があります。その審査より、この四人のほうが古い」
「あなたの帰還を、後ろへ回すのですか」
「回しません。同じ席で、順に読みます」
夕方、大広間の敷物を外した。
召喚陣の線が、雨の湿気で少し浮いて見えた。四十年前の塩は、まだそこにあった。
俺は明後日、この上に立つ。
立つかどうかを決めるのは、八十席のほうだった。
次の更新予定
毎日 19:00 予定は変更される可能性があります
召喚された勇者は二十人、俺だけ借金契約のハズレ枠でした 〜魔力を使うほど借金が増える?なら生活魔法【そよかぜ】ひとつ、胴元の頭脳で王国の賭けを裏返す〜 @Iruga_Koichi
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。召喚された勇者は二十人、俺だけ借金契約のハズレ枠でした 〜魔力を使うほど借金が増える?なら生活魔法【そよかぜ】ひとつ、胴元の頭脳で王国の賭けを裏返す〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます