最後の風術師は、金を受け取っていた

 公開審理の二日目、最後の風術師が名乗り出た。


 北砦で西の排水路を冷やした兵站係。


 名はエド・ラウマン。


 王室救恤局の現職副局長だった。


「私は救恤金を受け取りました」


 エドは壇上で言った。


 傍聴席がざわめく。


 マルタは受け取っていない。死んだ鍛冶師にも届かなかった。けれど三人目だけは、代理印ではなく本人の受領印が残っている。


「いくらだ」


 俺が訊く。


「金貨百二十枚」


「北砦の功績を売った代金か」


「生きるための金だ」


 エドは俺ではなく、バンを見た。


「右腕が動かなくなった。家には幼い娘が二人いた。英雄の名を王国へ譲れば治療費を出すと言われた」


 バンは拳を握った。


「なぜ、俺に言わなかった」


「お前は英雄になった。俺は帳簿の職をもらった。違う場所で助かった。それで終わりだと思った」


 功績板には、バン、マルタ、死んだ鍛冶師の名が戻っている。


 最後の空欄だけが、エドの言葉を拒むように暗い。


 リゼッタが受領証を卓へ置いた。


「百二十枚を受け取ったことは事実です。ただし、契約文言は『北砦救助功績の譲渡』ではありません」


 彼女が指した行には、別の言葉があった。


『負傷兵の再就労支援に対する対価』


「功績を売ったとは書かれていない」


 俺が言うと、救恤局長が立ち上がった。


「支援の条件として、王室広報への協力が含まれる」


「協力と所有は同じか?」


「王室が英雄譚を編むために必要な範囲で——」


「文言は読んだか」


 局長の声が止まる。


 エドは金を受け取った。


 その後、救恤局の職を得た。


 だからこそ、受け取らなかった二人の代理印を押す役へ回された。


「あなたが代理印を押したのですか」


 リゼッタが尋ねる。


「最初の一枚だけだ」


「誰の」


「鍛冶師グラウの救恤金だ。もう死んでいると聞かされた」


 傍聴席にいるグラウの娘が立ち上がった。


「父は、その日には生きていました」


 エドの顔が崩れた。


「知らなかった」


「知らないまま、受け取り済みにしたんですね」


 彼女は責める声を上げなかった。


 その静けさのほうが、逃げ道を消した。


 局長が鐘を鳴らす。


「個人の過誤だ。審理対象は北砦功績の名義であり、職員の十五年前の判断ではない」


 俺は卓の端へ、六枚の契約札を並べた。


 昨日倒れた救護院の入所者たちの札だ。


 どれにも同じ代理印がある。


「一枚で終わってない」


 風を使わず、札を裏返す。


 印の周りには、押した者の手の癖が残る。右上だけが薄い。動かない右腕をかばい、左手で印を押した跡だった。


「あなたは今も押している」


 エドは目を閉じた。


「断れば、娘たちの就職を取り消すと言われた」


「だから、別の子どもへ借金を移したのか」


「……そうだ」


 光輝が何か言いかけた。


 バンが先に壇上へ上がった。


 殴らなかった。


 透明な功績板をエドの前へ置く。


「名を戻せ」


「俺には、その資格がない」


「英雄になる資格の話じゃない。門を閉めた四人目だった事実を戻せ。そのうえで、押した印の責任を取れ」


 功績と罪を別の名義へ分けない。


 エドは左手を板へ置いた。


 最後の空欄へ、名が戻る。


 同時に、六枚の契約札から代理印が剥がれ、赤い欠片になって卓へ落ちた。


 借金は消えない。


 だが、誰が本人の受領なしに移したかが、全員の札へ刻まれた。


 局長は退廷しようとした。


 リゼッタが王室監査印で扉を閉じる。


「受益者と負担者を、同じ席へ呼ぶ審理です」


 俺は局長の私邸暖房費が記された札を、彼の前へ滑らせた。


「次は、受け取った側の番だ」


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