第2話
その時、静寂を破るように、ドアを叩く大きなノックの音が響いた。
――いいところだったのに、タイミングが悪い。
男の繁みから顔を上げ、カオルは小さく息を吐いた。
カメラを一時停止にして、ドアを細く開けた。
案の定、そこに立っていたのはユカだった。
部屋に滑り込んできたユカは、ベッドの上で横たわったままの男に視線を走らせ、すまなそうな声を出す。
「遅くなってごめんなさい。それに、中断させてしまって。……旦那さん、今日、来ないんですね」
「ユタカは急に仕事が入って。……彼、ユカくらいの子の方が似合うもの」
カオルの夫、ユタカは会社を経営している。
親の代からの店を立派な会社へと発展させた、世間的には有能な成功者だ。
昔はユタカの話を聞くだけで胸が高鳴った。
店を大きくしたいと語る横顔が眩しかった。
その裏で、今はこの歪んだ狂騒を主宰している。
ユカは、そんなユタカとカオルの夫婦に盲目的に懐いていた。
男よりも少し年下に見える彼女に比べ、カオルは、男やユカよりもいくつか年上だった。
「私、彼がするところを見たいの。……だって、綺麗な身体でしょう? カメラ映えする。彼女がいないなんて、もったいないくらい」
カオルが言うと、ユカも同調した。
「今日の彼……当たりじゃない?」
そう言って男を見つめると、彼は気恥ずかしそうに、曖昧な苦笑いを返した。
そんな言葉を交わしている間に、ユカは慣れた様子でシャワーを済ませて戻ってきた。
体にバスタオルを巻きつけた彼女がベッドへ近づくのを見届け、カオルはカメラの一時停止を解除し、再び録画を開始する。
ユカが男の肌に触れ、唇を重ね、やがて二人の境界線が融け合うように繋がっていく。
カオルはその一連のうねりを、ファインダー越しに冷徹に、しかし貪るようにレンズに収め続けた。
フォーカスを合わせようとした瞬間、かつて涙でファインダーが曇った記憶が蘇った。
初めてカメラを構えた、あの夜の記憶。
ユタカに懇願され、ユタカが自分以外の女を抱く姿を撮影した、あの地獄のような時間。
それは世界のすべてが反転したかのような恐怖であり、同時に、心の中の何かが致命的に振り切れてしまう奇妙な体験だった。
シャッターを切りながら、身体が震えた。
どうしても堪えきれずに涙が頬を伝い、ポタポタ落ちた。
それを見たユタカは、行為を止めることなく、歪んだ笑みを浮かべてカオルをベッドへと招き入れたのだ。
そこからのユタカは、奇妙なほど優しく、そして狂ったように熱くカオルを抱いた。
泣きじゃくる自分の顔が、三脚の上で回り続けるカメラに醜く収まっていく。
その録画データを、カオルは二度と見たくはなかった。
けれど――いつしかカオルは、ユタカの「共犯者」へと成り下がっていた。
そして、カメラ映えする都合の良い男を、マッチングアプリの海で探すようになっていたのだ。
シーツの擦れる音が激しくなり、やがてユカが小さく声を上げて果て、男もまた、その昂りの頂点から解き放たれた。
カオルはその決定的な瞬間さえも、1秒のブレもなくカメラに収めきった。
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