おまけ⑤

 ファミレスのアルバイト店員の合方正寿あいかたまさとしは、ある席からただならぬ雰囲気を感じていた。


  ドリンクバーを注文した坊主頭の男子高校生は、飲み物に一切口をつけず、修行僧のように微動だにせずひたすら座ったまま動かなかった。


  正寿はその男子高校生の顔を覚えていた。少し前 、美人な彼女と一悶着あった男子だ。そして男子高校生が入店してから30分後、その美人女子高校生が制服姿で店に入って来た。


  これは必ず一波乱起こる。お笑い研究と人間観察を趣味とする正寿は、通常業務をこなしながら、2人の席から目が離せなかった。


  優仁の恋人である坂那さかなかすみは、自分の心臓の音を聞きながら、一歩ずつ優仁の座る席に近づいていた。


  何時間でも待ってる。かすみのスマホへ送られた優仁からのメッセージに、優仁からの強い決意をかすみは感じていた。


  今日自分は優仁から別れを告げられるのでは無いか。かすみは以前優仁に口にした失言を心の底から後悔していた。


 かすみは蒼白な顔で優仁の向かいに座る。役者は揃った。アルバイト店員の正寿は、緊迫した状況で自分のワキが汗で濡れている事に気付かなかった。


 優仁とかすみは暫く互いに無言だった。伏し目がちだったかすみが優仁の顔を見ると、優仁は迷いのない真っ直ぐな両目をかすみに向けていた。


「······坂那。いや、かすみ」


  突然自分の名前を呼ばれたかすみは、驚きで自分の心臓が止まったのではないかと錯覚した。


「かすみ。かすみと付き合うようになってから、ちゃんと言ってなかった事を言うよ」


  優仁のよく通る声に、かすみの胸の中はいよいよ制御が出来ないほど乱れていた。


「俺はかすみが好きだよ。その竹を割ったような真っ直ぐな性格も。子犬や子供を見るといつも微笑む笑顔も 。爺ちゃん婆ちゃんに当たり前のように席を譲るやさしさも。俺は、そんなかすみが大好きだから」


  優仁の真剣な告白を聞いた瞬間、かすみの両頬に涙がつたう。その途端、頼りがいのあった優仁の顔が情けなく歪む。


「か、かすみ! だ、大丈夫か? 俺、何かお前を傷つけるような事を言ったか?」


  席から半ば腰を浮かした優仁に対して、かすみは首を横に振った。


「······良かった。私、今日東魁君に、優仁君に振られるかと思ってた。だから、だから」


  かすみの涙が止まらず、両手でその美しい顔を覆う。優仁は頭の中がパニックになりながらも、何か彼女の涙を拭う物は無いかと必死に自分の制服のポケットに手を入れる。


  そして自分がハンカチを持っていた事に気づく。それは、大切な友人が自分に渡してくれた餞別だった。


 優仁はかすみの隣に座り、そのハンカチを恋人に手渡す。 その様子を見ていたアルバイト店員の正寿は、小さくガッツポーズをした。


 どうやら2人は無事に仲直りをしたようだった。 人間観察の面白さを改めて実感した正寿は、本気でお笑い芸人を目指すのも悪くないと感じ始めていた。


  恋人から差し出されたハンカチで涙を拭いたかすみは、ある事に気付いた。この可愛らしいピンク色のハンカチは、男子が持つには余りにも不自然だったからだ。


「······優仁君。このハンカチ、本当に優仁君の物なの?」


 何かを察したかすみのその勘に、優仁は背筋が凍る程の寒気を感じた。


「これ、もしかして戸室坂さんって人から貰った物とか?」


 かすみは人の心を読める超能力者なのか。優仁はこの時そうとしか思えなかった。


「話すから! 全部話すよ! 戸室坂の事も、俺が野球やっている理由も、俺と両親との事も、全部言うから、話すから」


 一番大切な人を知りたいから。一番好きな人を分かりたいから。互いに分かり合いたいから。優仁は言葉を交わし、それを続ける事を心に決めていた。

  

 


 アルバイト店員の正寿は、三度雰囲気が変わった恋人同士の席を見て呆気に取られていた。その光景は、まるで彼女が彼氏を取り調べているかのようだったからだ。


  人間観察はこれだからやめられない。オーダーされた料理を待ちわびる客の席へ向かう正寿は、自分の将来の仕事のイメージがはっきりとこの時浮かんでいた。

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