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  • 卒業生の父です。
    あの学校の校長を含めた上層部の教師陣には腹立たしい気持ちしか残っていません。上から教えることのみで育てることをしない「教育」でした。
    生徒を軽くみて何か問題があれば退学をちらつかせる態度は本当に許しがたく、今回のことで罰が下ってほしいとさえ願ってしまいます。

    子どもたちは仲が良く楽しい学校生活を過ごせていたのでしばらく忘れていましたが、校長の会見を見て思い出したくないことを思い出してしまいました。

    Eさんには残りの学校生活を悩みながらも全力で同級生とともに楽しんで過ごされることを願っています。

  • Eさん、はじめまして。

    同級生Bさん、cさん、Dさん、いち卒業生さんのご投稿も読んでおります。

    みなさんのご心痛、お察しします。

    学校での授業のことを書かれていますが、私の高校時代の経験を応援コメントとして書かせていただきます。


    私(西田校長先生と同世代)が高校生だった頃も、「思想が強い」と感じる先生はいました。

    ただ、みなさんが書かれているような、授業の中で繰り返し政治的な話へ発展していくような先生はいませんでした。

    ーーー

    日本史の授業では、1945/08/15の無条件降伏まで進んだところで先生が、

    「ここから先はこの教科書で私がみなさんに教えられることがないので、あとは自分で勉強してください」
    と言って教科書を閉じました。

    ーーー

    生徒の卒業後の進路が決まってからの国語の時間には、

    「今日は授業はしません」
    それから共産主義の話を始めて、岩波文庫の本を勧めた先生がいました。

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    また、学徒出陣の経験がある先生が何人もいましたが、授業中に戦地での雑談はあれ、政治的な主張をされることはほとんどありませんでした。

    ーーー

    ただ、お一人だけ、元学徒でシベリア抑留も経験された先生がいまして、

    「日本はアメリカに負けて占領されて良かったんだよ」

    と話されたことが印象に残っています。

    ーーー

    みなさんの率直なご投稿を読み、
    「教育とは何か」「私の信念は何によってかたちづくられてきたのか」を、
    私も改めて考えさせられました。

  • 町内会長をやっているけど、政治的中立には気をつかっている。
    町内には共産党の党員の方もいれば創価の方もいるし、自民党の議員の親族もいて、中立を外れると収拾がつかなくなる。
    先生も個人の思想信条の自由はあれど、プロならそれを出さないのが当たり前。
    学校自体がダメなのでは。

  • 心の中で、まだまだ整理がつかないことと思います。
    このような手記を書かれてみて、少しでもその整理が進むことを切に願っています。

    同級生同士であったとしても、悲しみもその他のことも、あまりにも重たすぎて、中々心からこの問題を一緒に話し合うことは難しかったりするでしょうかね。

    本来、そういう時に親身になって相談ができ、色々掛け合ってもらえるのが
    高校における先生のはずですが.... 中々に厳しそうですね。
    (私は、若かりしの約40年前、当時の自分の担任が全く当てにならず、隣のクラスの担任によく身の上相談に乗ってもらいましたが...)

    いずれにせよ、自分一人だけで、全てを打開することはできないと思います。
    とにかく、味方・共感し合える・信頼できる、そんな人を見つけて、
    一緒になって、「おかしい」世の中に立ち向かえる土台を今のうちに作ってください。

    この文章を一般の人が目にするところに公開できる行動力があるなら、できると思います。私に何ができるわけではありませんが、応援しています。

    他の同級生の皆さんと共に、彼女の分まで生きてくださいね。

  • 投稿ありがとうございます。
    この場を借りて改めて亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

    待機中に飛び込んできた訃報の状況を読み、とてもいたたまれない気持ちになりました。
    とても大きな犠牲ですね。亡くなられた知華さんの犠牲はもちろん計り知れないほど大きなものですが、同様にどれほどの生徒の皆さんが心に深い傷を負ったことでしょうか。
    この媒体で最初に提起して下さった同級生の方の文章からも残されてましたが「もう何を信じればいいのか分からない」と思われるほど、学校教育の在り方について議論されておりますが、仰る通り教師個人がどんなものであれ、思想信条を持つことが悪い訳ではありません。もちろん中には一部エスカレートしている人間もおりますが、あくまで「私はこう思う」の範囲で留めておかなければなりません。ましてや学校教育において、選挙権すら有していない子供たちには会話の節々のレベルであったとしても、極端な表現になるとそちらに染まる子供もいるので、それは違うと思います。
    両論併記という言葉の通り、一方の意見だけでなく、それとは反対の意見も伝えていく。その上で生徒自身に考えさせることが求められていると思います。
    もうこれ以上このような悲しい事件が起きないよう心より願っています。

    一生消えないほどの心の深い傷を負われた皆様が、少しでも残りの高校生活を心穏やかに過ごせますように。