第14話 鉄狼の試験
大柄な男が、地面に降り立つ。
両手には巨大な戦斧。
一歩踏み出すだけで、石畳がきしむ。
空気が重くなる。
周囲の傭兵たちが一歩引いた。
それだけで分かる。
格が違う。
ガルドが腕を組む。
「悪くねぇのを持ってきたな」
ルシアンは静かに息を吐く。
右目が揺れる。
(速い)
(重い)
(直線)
(殺意)
だが――
(勝てる)
未来は見えていた。
斧の男が笑う。
「皇子だろうが関係ねぇ」
「ここは“鉄狼”だ」
「弱い奴は立ってられねぇ」
雷切が低く笑う。
『分かりやすくて良いな』
シンザンが一歩前へ出る。
「儂がやるか?」
ルシアンは首を振る。
「僕がやる」
ガルドが横目で見る。
「いいのか」
ルシアンは短く答える。
「ここは僕の試験だろ」
一歩、前へ。
男が動く。
重い一撃。
地面ごと叩き潰すような斧。
空気が割れる。
だがルシアンは見ている。
右目が“未来を固定する”。
(左へ踏み込み)
(斧は空を切る)
(次は横薙ぎ)
ルシアンは動く。
一歩。
まるで吸い込まれるように斜め前へ。
斧が空を裂く。
男の目がわずかに見開く。
「避けるだけか?」
次の瞬間。
横薙ぎ。
だが――
ルシアンはいない。
未来通り。
“そこにいない”。
攻撃は空を切る。
「……っ」
初めて、声が漏れる。
シンザンが呟く。
「見えているな」
雷切が笑う。
『未来を“使っている”』
ルシアンは踏み込む。
戦闘の“隙間”へ。
攻撃の後ではない。
攻撃の“終わり際”。
右目が揺れる。
(重心が崩れる)
(次の動作は0.4秒遅れる)
そこだ。
ルシアンは男の懐へ入る。
拳。
しかし――
当てない。
押す。
ほんのわずか。
重心が完全に崩れる。
男が膝をつく。
「……何だ今のは」
周囲がざわつく。
「倒した?」
「いや、崩しただけだ」
ルシアンは静かに言う。
「君は強い」
「でも、遅い」
男の目が鋭くなる。
「舐めてんのか?」
ルシアンは首を振る。
「違う」
「“勝ち方”を見せただけだ」
男が立ち上がる。
殺気が変わる。
空気が一段重くなる。
「なら、今度は潰す」
斧を構える。
地面が沈む。
ルシアンの右目が揺れる。
(来る)
(今までより速い)
(殺す一撃)
だが――
(まだ勝てる)
ルシアンは小さく息を吐く。
「シンザン」
短く呼ぶ。
シンザンは即答する。
「まだだろう」
ルシアンは頷く。
「うん」
そして前へ。
男が踏み込む。
今度は回避不能の連撃。
一撃目。
二撃目。
三撃目。
空間ごと潰すような圧力。
だがルシアンは“見ている”。
未来ではなく。
“隙間”。
攻撃と攻撃の間。
わずかな呼吸。
そこにだけ存在する“安全”。
ルシアンはその間を歩くように抜ける。
男の顔が歪む。
「……何で当たらねぇ」
ルシアンは静かに言う。
「当ててないからだよ」
その瞬間。
男の動きが止まる。
初めて、完全に。
沈黙。
ルシアンは言う。
「君は強い」
「でも、“相手を殺すこと”しか見てない」
「だから、その間に隙がある」
ガロウが息を吐く。
斧を下ろす。
「……負けだな」
周囲が騒然となる。
「何が起こった?」
「嘘だろ」
ガルドがゆっくり笑う。
「合格だ」
ガルドが前に出る。
「見た通りだ」
「こいつは“戦う奴”じゃねぇ」
「“使う奴”だ」
ルシアンを見る。
「ここに置く価値はある」
沈黙。
やがて、傭兵達が口々に言う。
「面白い」
「気に入らねぇがな」
シンザンが笑う。
「それは良い兆候だ」
雷切が言う。
『嫌われてこそ一人前だ』
ルシアンは小さく息を吐く。
「じゃあ、ここからだね」
ガルドが背を向ける。
「鉄狼団は今日から変わる」
「“牙”は抜けねぇ」
「だが――」
一度だけ振り返る。
「使い方は教えてやる」
---
夜。
拠点の火が灯る。
鉄狼団の中に、ひとつの“新しい空気”が生まれていた。
それはまだはっきりはしてない。
だが――
確かに“形”を持ち始めていた。
ルシアンは焚き火を見つめる。
右目が揺れる。
(次はもっと大きい)
(都市ではなく、“勢力”が動く)
シンザンが隣で言う。
「悪くない場所だな」
雷切が笑う。
『退屈はしなさそうだ』
ルシアンは小さく頷いた。
「うん」
「やっと始まった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます