第35話 完全復活



「完全・復活!」


 ビシッと決めポーズを取る結城とは対照的に、彼が休んだ僅か二日間で職場は戦場と化していた。

 機種トラブルに不良品対応。さらに新規契約を予定していた岡田株式会社との急な接待まで重なった。

 杉田が引き受けられる仕事はすべて肩代わりしたが、さすがに上層部との交渉や判断まで代行することはできない。結局、いくつもの案件が結城の復帰待ちになっていた。


 本来なら、こういう時こそ副店長の水城が対応するべきだ。

 しかし彼女は、何かにつけて結城へ仕事を丸投げする近藤とよく似たタイプだった。

 療養中にも何件か連絡が入っていたはずだが、水城は「結城店長が復帰してから対応します」の一言で止めてしまったらしい。


 その結果、結城が戻るなり事務所は電話と謝罪に追われ、杉田たちまで方々へ頭を下げて回る羽目になった。

 中でも、一番厄介だったのが──。


「くっそ。なんで連絡来なかったんだよ」


 事務所の中央でスマートフォンを睨みつける結城が、低く吐き捨てた。

 普段なら多少のトラブルも笑って流す男が、珍しく苛立ちを隠そうともしていない。


 自宅療養中だからと、水城が勝手に連絡を止めていたせいで、長く狙っていた顧客とのアポイントが流れたらしい。

 結城は乱暴に前髪を掻き上げ、椅子の背へ身体を預けた。


「あーあ。金丸さんトコ、惜しかったな。来月もう一回アタックするか」


 口調こそ軽かったが、机を叩く指先は珍しく落ち着きなく動いている。


「店長、電話です。岡田株式会社から」


 事務員の声に、結城はすぐに背筋を伸ばした。


「一番に回して。──お電話ありがとうございます。ITC-X新宿支店、結城が承ります」


 それまでの苛立ちは一瞬で消え、営業用の柔らかな声へ切り替わる。

 相手の話へにこにこと相槌を打ちながら、結城は手元の書類をめくっていた。

 だが、やがてその指がぴたりと止まる。口元に浮かんでいた笑みも、僅かに薄れた。


「杉田、ですか?」


 突然自分の名前が聞こえ、杉田はパソコンからふと顔を上げた。

 一瞬だけ結城と目が合う。

 何かを伝えようとしたのか、結城の唇が僅かに動いた。しかしすぐに視線を逸らすと、困ったように頭を掻く。


「杉田は一般社員ですので。担当でしたら、俺が伺います」


 電話の向こうから何を言われているのかは聞こえない。それでも、結城の眉間に深い皺が刻まれていくのだけは分かった。

 営業中には滅多に見せない、険しい表情だった。


「……そうですか」


 短く答えたあと、結城はしばらく黙って相手の話を聞いていた。


「承知しました。ありがとうございます」


 最後まで丁寧な口調を崩さず、静かに受話器を置く。

 そのまま指先でこめかみを押さえ、深く息を吐いた。

 商談がまとまらなかったのか。不安に思いながら見守っていると、結城は机の上から書類を抜き取り、事務の川田へ差し出した。


「シルバー三百。ET-90シリーズ、バージョン19。本社から在庫を取り寄せて」

「はい!」


 川田が慌てて書類を受け取り、すぐに本社へ電話をかけ始める。

 新機種の在庫は、現在ほとんど本社へ集約されている。三百台ともなれば、支店の売上グラフが跳ね上がるほどの大型契約だ。

 本来なら喜ぶべきところなのに、結城の表情は少しも晴れていなかった。

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