第19話 代償
「因果を切っただと……。」
第一観測室は静まり返っていた。
神代は御門の右手を見つめる。
赤い糸。
誰にも見えない。
だが、御門だけには一本の糸が指先へ巻き付いていた。
「痛むか。」
「少し。」
御門は右手を握る。
まるで糸が皮膚へ食い込んでいるような感覚だった。
長老・天津常世が静かに歩み寄る。
「神代。」
「資料庫を。」
神代は古びた書物を運んできた。
表紙には金色の文字。
『鳳の記録』
「残っていたんですか。」
神代が驚く。
「一冊だけな。」
長老は本を開く。
ページはほとんど白紙。
最後の一枚だけ。
短い文章が残されていた。
『鳳は因果を断つ。だが、一度断てば、自らもまた因果に蝕まれる。』
御門は顔を上げる。
「蝕まれる?」
長老は頷く。
「力には必ず代償がある。」
診察室。
神楽坂が御門の脳波を確認していた。
「数値が急激に上がっている。」
「先生。」
御門は右手を見せる。
「これ、何なんですか。」
神楽坂は静かに答える。
「医学では説明できません。」
「ただ。」
「君の脳は、普通の人の数倍の情報を処理しています。」
「このまま使い続ければ。」
「精神が耐えられなくなる可能性があります。」
御門は黙って聞いていた。
夜。
中庭。
天音が缶コーヒーを二本持って現れる。
「またここ?」
「落ち着くから。」
二人は並んで座る。
「右手。」
天音が優しく触れる。
その瞬間。
赤い糸が一瞬だけ金色へ変わった。
「え……。」
御門も驚く。
「今見えた?」
天音は首を横に振る。
「見えない。」
「でも。」
「少しだけ温かかった。」
その頃。
常闇の拠点。
月読は静かに笑っていた。
「成功だ。」
白い仮面の女性が尋ねる。
「鳳は力を使いました。」
「ええ。」
「なら。」
「もう時間の問題です。」
月読は窓の外を見る。
「因果を断つ者は。」
「因果に呑まれる。」
「歴代の鳳は。」
「誰一人、生き残れなかった。」
翌朝。
観測室。
御門は右手の痛みで目を覚ます。
赤い糸は昨日より増えていた。
一本だったはずが。
三本。
五本。
十本。
腕へと広がっている。
神代の顔色が変わる。
「進行が早すぎる。」
長老は静かに呟いた。
「残された時間は。」
「思っていたより短い。」
御門は何も言わなかった。
右手を見つめる。
この力で人を救える。
しかし。
使うたびに、自分自身が壊れていく。
その事実だけが、静かに胸へ突き刺さっていた。
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