試験

 衛兵の地図は正確で、苦労もなく夕霧亭と書かれた建物を見つけた。場所を覚えたあと、近場で夜ご飯を食べたら、疲れがたまっていたのかすぐに眠くなってしまって、宿の手続きを済ませると、吸い込まれるように案内された部屋のダブルベッドへ飛び込み寝てしまった。


 朝起きると、ベッドの反対側に人型のくぼみと、少しの温もりが残っていた。隣で寝ていた人は少し前に部屋を出たようだ。部屋に一人だけなことに少し自由を感じながら支度を済ませて、下の階に降りる。

 夕霧亭の一階は食堂になっていて、朝のメニューが黒板に書かれていた。

 肉汁のたっぷり滴ったパンと、ベイクドビーンズを乗せたサラダ、そして濃いミルクティーを注文した。

 届いた料理は田舎では考えられないほど凝っており、その香りだけでもう美味しかった。

 私は、顔が綻ぶのを自覚しながら、料理を非日常の感触と共に飲み込んだ。






 それから朝の人混みを何とか超えて、摩天楼にたどり着いた私は、恐る恐る建物に入ると、目立つように紺色試験手続きはこちらと書かれた看板を見つけた。

 案内にしたがって進むと、受付が見つかった。そこで手続きを進める。


「では、受験資格を確かめますので、手袋をこちらの石板にかざしてください」

 紺色の試験は藍色でなければ受けられない。

 手続きを進めながら私は、これから受ける試験の内容を振り返っていた。

 これから私が受ける試験は藍色のさらにその上の紺色の試験。紺色は例外を除けば魔術師の最高等級で、藍色までとは別次元に難しいと言われている。

 

 故郷では藍色まで取って軍に所属すれば十分な待遇を受けられるから、紺色は取る必要がないと言われているけど、軍隊に入るのはどうしても嫌だった。私はどんな理由があろうと、人を殺したくなんてない。私が魔術をこの日まで磨いてきたのは、人に教えるためだ。


「手続きは以上で完了です。ご武運を」

 案内に従って摩天楼の中を移動していると、窓越しに遠くの廊下を歩く多くの学生らしき人を見かける。遺跡から見つかった魔術陣の解読や、今日の講義の内容に関する考察、掲示された問題への挑戦など、知の総本山らしい光景だった。

 奥には、紺色の手袋をつけた大人が、学生っぽい人に陣を見せて何かを伝えている。私も、あの場所へ立ちたいと心の底から思った。


 それから私は、札のついた順路を進みきって広い空間についた。見れば、スポーツ用具が壁に掛けられているので、運動をする場所なのかもしれない。

 すでに何人かの受験者がいて、そのグループの対角を取るような椅子を選んで座った。

 三十分ほど経ち、ほとんど全員が集まると、定刻と同時に試験官が現れる。


「今から第一試験のルール説明を始めます」


 ルールは簡単だった。空に浮かぶ雲のリングの内側に、受験者が五十人になるまで争いながら留まればいい。ただし、リングは時間経過で段階的に縮小して、最終縮小が始まれば、縮小は止まらなくなる。

 

 これだけなら、自分以外すべて敵のように感じるけど、実際には第二試験に向けて、第一試験で仲間を作らなければならないとお父さんに聞いた。だから、私はそれをもとに戦術を考えていた。


 まず、交渉を持ちかけるなら、孤立している人にすること。すでに集団になっているところへ行っても包囲されて脱落させられるに違いない。だから、完全に隠密状態で移動しながら、孤立している人に接触する。喋るのは苦手でも、私には万年筆がある……王都では何も問題はなかったから……大丈夫なはず。


 試験が始まる前に、魔導障壁を展開し続ける魔道具が受験者全員に配られた。第一試験中に障壁を割られれば、即座にその受験者は脱落になる。

 私が八角形の魔道具を首から下げてつけると、それは青い怪しげな輝きを一瞬放った。






 受験者達は魔導馬車に順番に乗り込むと、王都から二時間かけて遠く離れた荒野のランダムな位置で降ろされる。

 私が降り立った場所は、森と荒野の境界のような場所だった。

 荒涼とした空気に肌寒さを覚える中、私は空を見上げて試験開始を待っていた。

 すると、突然雲がどこからともなく生まれてリングが形成され、花火が打ちあがる。

 

 第一試験開始だ。


 私は始まったそばから隠密状態に入り、遠くから聞こえる爆発音や怒号を無視しながら、しばらく条件に合う人を探していた。それからしばらくして、二回目の縮小が始まったとき、見つけた。

 森林の開けた場所に見たところ一人で行動していて、それなりに強そうな雰囲気の人だ。


 その人を驚かせないように慎重に視界に入る。すると即座に杖を構えられる。けど魔術を放ってはこない。読み通りだ。

 私は万年筆に魔力を流して、筆跡を空中に残していく。

――こんにちは、争うつもりはありません――


 その人は私に杖を下げないまま聞いてくる。


「お前一人か?」

 私は頷く。その人は慎重そうにあたりを見回して、また聞いてくる。


「その万年筆がお前の武器か?」

 もう一度頷く。そして刺激しないようにゆっくりと万年筆を動かして、聞き返そうとする。


――第二試験で一緒に行動しま……――

 しかし、書いている最中に割り込まれる。


「お前、なんで喋らないんだ……まさか、わかったぞ。口だな……その手には乗らん」

 ど、どういうこと?

 私が違うと文字を書こうとした刹那、その人は持っている杖に魔術陣を展開する。書くのは喋るのに比べて、あまりにも遅すぎた。

 私は煙幕と幻影の魔術を重ね掛けしてその場から離脱する。

 

「どこに行った? あの女」

 どうやらうまく撒けたみたいだった。

 だ……脱落するかと思った……それにしても、どうしよう。第二試験に向けて即席でも第一試験で仲間を作らないと厳しいってお父さんには言われたし……ため息が出る。

 

 結局、その後三回ほど挑戦しても全員に攻撃されかけてしまった。皆、私が喋らないのを口の中に魔術陣を隠しているからと解釈しているらしい……私が喋ることさできれば……そう嘆いているうちに、最終縮小が始まってしまった。

 

 第一試験は私の隠密力なら隠れていれば突破はできそうな雰囲気だった……でも結局第二試験で詰んでしまう。

 不安が胸の中で膨らんで、息苦しくなるを感じながら、狭まる雲の壁の内側に入るように、ちょこちょこと隠れながら移動を繰り返していると、平坦な荒野の地面の上で、一人の受験者の男が仁王立ちしているのが見えた。何かを待っているのだろうかと一瞬思って、嫌な予感がした。


 私が急いで離れようとした瞬間、「彼」は現れた。

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