6の8 今度こそ

 ドアから飛び出して、レイトスを迎えようとして――彼がセラ君をかまえている事に気づいた。


 セラ君は私に会いに来る時は何かに変身していたけれど、今日は本来の姿で……聖剣となって、レイトスの右手に握られている。


 それが何を意味するのか、考えるまでもなかった。

 私は頭を殴られたようなショックを感じて、地面にへたり込んだ。


(アイテール様は、私を神として認めないだろうと分かっていたけど……)


 それ以前の話だったのだ。

 アイテール様は、闇の神の娘である私の存在そのものが許せないのだ。


(でもまさか……レイトスに私を殺させるなんて)


 だから彼は前に来た時に、あんなに辛そうにしていたんだ――ようやく理解が追い付いて、自分の考えの甘さを情けなく思った。

 

勝手に口から洩れた呟きは、自分でも驚くほどかすれていた。


「あなたなのね……」


レイトスが私の前まで来て歩みをとめる。


「あなたが、私を殺すのね……」


 視界が涙でぼやけて、彼がどんな表情をしているのかハッキリとは見えない。

 俯くと、涙の雫がぽたぽたと私の膝に落ちた。

 悲しくて、辛くて……でもそれ以上に私の心にあったのは、しみじみとした諦めだった。


(私は本来なら、五年前に死ぬはずだった)


 たった十二歳の子どもが、満足に食べ物もない状況で生きられるはずがない。

 レイトスがセラ君と一緒に天界から降りてきて、私を救ってくれたから、五年も生き永らえたのだ。


(それに、たったひとりで死を迎えるよりは……レイトスの手で死にたい)


 レイトスには、私を殺すという辛い仕事を押し付けてしまう事になるけれど。

 ごしごしと目元を擦ってから、彼の顔を見上げた。レイトスは何か言いたい事を我慢しているような、悲し気な顔をしていた。


「今までありがとう……。私、あなたに会えてよかった。私を愛してくれて、ありがとう……」


 目を閉じて、その瞬間を待つ。

 でもいつまで経っても、レイトスは私を斬ったりはしなかった。

 地面に剣を突き立てる音がして、それと同時にレイトスが屈みこむ気配がする。

 彼は長い腕でふわりと私を抱きしめて、耳元で囁くように言った。


「殺したりしないよ……。アイテールと取引してきたんだ」


 驚いて目を開くと、すぐそこに彼の穏やかな顔があった。


「俺達はいつか必ず結ばれる。長い期間待つ事にはなるが……お前は死ななくていいんだ」


 レイトスは私を立ち上がらせて、森の奥へと歩き出した。

 草をかき分けて進みながら、私がどんな状況にあったかを教えてくれた。


 私の体の中には、わずかながら父の力が宿っている事。

 そのせいで魔獣が増えて、アイテール様は私を殺すようにレイトスに命じた事。


「お前の闇の力は俺の体内に封じて、少しずつ浄化していく。アイテールは千年の猶予をくれた。説得するのは大変だったけどな」


「アイテール様は、私のお父さんを憎んでいるでしょう? よく納得してくださったね……」


 闇の神を殺すためにレイトスを作ったぐらいだから、私の事も相当憎いはずだ。

 どうやったのだろうかと考えていたら、レイトスが言った。

お前はフォルトナの娘でもあるだろう。アイテールはフォルトナを、妹のように大事に思っていたんだ。お前の癒しの力の事も話して、本当に死なせてもいいのかと訴えた」


 レイトスが選んだ場所は、深い洞窟の中だった。

 聖剣が仄かに光っていて、その明かりを頼りにずっと奥まで進んだ辺りでとまる。


「ここなら誰にも見つからないだろう。セラ、頼む」


 地面に刺さったセラ君は、しばらくレイトスの声を無視していた。

 もう一度レイトスが「セラ」と呼ぶと、ようやく人間の姿になった。でも怒っているような、涙をこらえているような、複雑な表情をしていた。


「千年経っても解けない氷で、俺とサリアを包んでくれ」


「……なんで……だよ……。お前はオレのあるじだろうが」


やっと顔を上げたセラ君の瞳には、涙が溜まっていた。


「なんで自分の主を凍らせないといけねーんだよ!」


「お前にしか頼めない。やってくれ」


「セラ君……辛い事を頼んでごめんね」


 レイトスと私が言うと、セラ君はぐっと唇を噛んで私達に手をかざした。

 地面からじわじわと氷が伸びてきて、少しずつ私とレイトスを包んでいく。


「すぐに竜王の加護持ちが現れるだろう。新しい主人とも、仲良くやれよ」


「やだね! オレの主人はお前だけだからな……! さっさと帰って来いよ!」


セラ君が泣きながら叫んで、レイトスは仕方ないな、と言いたげに苦笑する。

彼は私の額にキスを落として言った。


「次に目が覚めた時、お前は人間になっているはずだ」


「人間になっても、あなたの番になれる?」


 不安げな声で尋ねると、彼は私を安心させるように微笑んだ。


「番は魂で決まるんだ。だからお前はずっと俺の番だよ。必ず迎えに行く」


「よかった……。レイトスの事、待ってるね」


氷が肩の辺りまで上がってきて、私は彼にしがみついた。


「寒いよ……レイトス……」


思わず漏らすと、彼はさらに包み込むように私を抱きしめてくれた。


「俺が傍にいるよ。何年でも、何百年でも傍にいる……」


少しずつ眠くなってきて、私は目を閉じた。

次にレイトスと再開した時には、今度こそ結ばれると信じながら――。

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