たぬきはただモフモフしているだけである。
それなのに人はたぬきを、人を化かすだの間抜けだのと罪を着せる。ある部分を強調した置物をつくる。
たぬきがなにをいたというのか。
たぬきはただ、モフモフしているだけだというのに。
すべてたぬきに罪はない。罪深いのは人である。
たぬきへの認識を改めるべきである。
この説は、見事にたぬきの罪の無さ、人の罪深さを丁寧に紐解いている。
途中で判例不足になる。
これこそが、たぬきは何もしていない、すべては人の所業であることの証左ではないだろうか。
これにはたぬき作家を自称する私も感心させられた。
\たぬきを崇めよ/