第5話[残響とライバル]
◆
「同じ道を通ったはずなのに、また同じ道に行きついたんだ!」
「倒したグレイファングが別の場所でまた立ってたのよ」
「北だ。最近の異変は、だいたい北から来てる」
ルーレンシアの門前は、朝から落ち着かない様子だ。
荷運びの男も、採取帰りの冒険者も、口々に似たようなことを言っている。
街の外が危ないのは今に始まったことではないが今日の空気は違った。人は多いのに、どこか声が浮いている。皆が同じものを見ているのに、その正体は決めきれずにいるようだった。
スウが眉をひそめる。
「ねえササガワ、なんだか街の雰囲気おかしくない?」
「ああ、明らかに騒がしいな」
ギルドの掲示板にも、異変確認の依頼が増えていた。
《位置ずれ》
《挙動異常》
《再発生》
どの紙にも、似たような言葉が並んでいる。
受付の女が疲れた顔で二人を見た。
「気をつけてね。今日は本当に変なの。倒した個体の数が合わないとか、同じ攻撃を二回見たとか、そんな話ばかりなのよ」
「残響、ってやつか」
ササガワが言うと、女は困ったように肩をすくめた。
「最近はそう呼ぶ人が多いわね。気味の悪い異変のまとめ呼びみたいな感じで」
スウが掲示板の紙を一枚取る。
「ルーレンシア林道沿い、異変確認。昨日の続きみたいな場所ね」
「行ってみるか」
「当然よ。何だかわからないままなの、気持ち悪いしね」
◆
林道の様子は空気からおかしく感じた。風はある。だが葉擦れの音が遅れる。
時に木立の並びが、一瞬だけぶれて別の角度に見える。踏んだ土の感触まで、遅れて足裏に返ってきた。
ササガワの視界の端に、白い断片が走る。
Error
瞬きをした時には、もう消えていた。
「また見えたの?」
スウが訊く。
「少しな」
林道の脇に、灰色の死骸が転がっていた。
グレイファングだ。だが、その周囲の草の乱れ方がおかしい。一度倒れた跡ではない。同じ個体が、少しずれた位置で二度倒れたような痕だった。
「うわ……これ、まさかね」
スウが顔をしかめた瞬間、死骸が音もたてずにずれた。
「っ!」
完全に起き上がったわけではない。倒れていたはずの前脚が滑り、ササガワへ突き出される。
ササガワは咄嗟に腕で受けた。
Rollback
Reflective
反射の衝撃で再度死骸は沈黙した。
「今の何!? 死骸が動いたんだけど!?」
「死骸そのものじゃない」
ササガワは腕の痛みを確かめる。
「何と言うか、倒れる前と倒れた後の位置が噛み合ってないんだ」
「どういうこと?」
その声に、別の声が重なった。
「だから踏み込むなと言った」
木々の間から、灰色の外套が現れる。
またも昨日の男だった。
スウが露骨に嫌な顔をする。
「まーたあんた! 森に棲んでるわけ!?」
「私から見れば、お前たちがまた来たんだ」
男は死骸へ目を落とす。
「巻き戻りか。浅いな。だが昨日より数が多い」
ササガワは顔を上げた。
「お前、何を追ってるんだ?」
「同じものだろう」
「答えになってないぞ」
「問いかけにもなっていない」
そのやり取りを切るように、林道の奥で何かが弾けた。
木々の隙間から、灰色の影が三つ滑り出る。グレイファング三体の群れだ。
Error
Rollback
「来るぞ」
先頭の一体を、ササガワが正面で受ける。
爪の軌道は読める。重さも流せる。だが、二体目が横へずれた瞬間、陣形が変わった。三体目はスウの死角へ回り込んでいる。
「スウ、下がれ!」
叫ぶより早く、灰色の外套が横を抜けた。
男の二刀が、三体目の進路を切る。斬るのではない。首元すれすれを払って、向きを変えたのだ。グレイファングは勢いを殺せず、木の根へと前脚を取られて崩れる。
ササガワはそこで、この男の剣が何をしているのかを理解した。
倒すためではない。
まず、敵の流れを壊すための剣だ。
スウの魔法弾がそこへ重なる。低威力でも、体勢の崩れた相手には通る。
すぐさま一体目は沈んだ。
ササガワは二体目の牙を受けながら、残る一体との位置を見る。両方を追うのは都合が悪い。片方を引き受け、片方を空けるべきだ。
「おい、一体持つぞ!」
男は一瞬だけ視線を寄越した。
「遅い判断ではない」
「褒めてるのか?」
「事実だ」
林道の奥に、人型の影が揺れていた。
輪郭が一定しない。踏み込みのたびに、座標ごと少しずれているように見える。グレイファングを好きに動かしているのは、おそらくあれだ。
それはまるで残響そのもののようだった。
「スウ! 本命は後ろだ!」
「…っ!」
スウの魔法弾の色が変わる。火炎、毒、減速の属性付与魔法だ。連射の速さを落とさず、付与を重ねる。
人型の影の輪郭がわずかに鈍った。
そこへ男の剣が入る。ずれた位置ごと先を読んで、肩口から胴へ浅く長い傷を刻み動きが狭まる。
「そこっ!」
スウの連射が一点へ集まった。
ササガワは残ったグレイファングの爪を受け、その勢いごと払う。本体が一瞬浮く。その一瞬だけ作れたらいい。男の片刃が、喉を断った。
残るのは気味の悪い人型の影だけ。
輪郭が二重に揺れ、位置はまさに残響のようにずれ続ける。
Target
Shift
右にずれる。しかし、浮かぶ文字がササガワに先を読ませる。
ササガワは真正面へ入った。人型の腕が振り下ろされる。硬く重いが、読めるのだ。
単純に受けて、単純に止める。
すかさずに、男の剣が肘を払った。
動きがほんの一瞬止まる。スウの魔法連射が、そこへ突き刺さる。
人型の影は大きくぐらつき、ササガワは体を当て、地面へ叩きつける。男の二振りが、交差するように喉元へ沈んだ。
一瞬の戦いが終わる。
スウが肩を上下させながら言った。
「なによ……今の、ちょっと気持ち悪いくらい上手く噛み合ったわね」
「スウの弾が通ったからだな」
ササガワが言う。
スウが目を丸くする。
「え」
「俺一人じゃ押さえきれない。あいつ一人じゃあ削り切れない。お前がいたから止まったって事だ」
珍しく素直な評価だったせいか、スウは一瞬だけ黙った。
「……なによ、褒めてるの?」
男は血を払って剣を納める。
「正しい評価だ」
スウが顔をしかめた。
「素直に褒めなさいよね」
「必要ならする」
「今がその必要な時でしょ!」
男は返さず、代わりにササガワへ視線を向けた。
「名を聞いていなかったな」
「今さら?」
スウが呆れる。
「今までは不要だった」
ここまでは観察対象だったが、今は違うということだ。
ササガワが先に口を開く。
「ササガワだ」
「スウよ」
男は短くうなずいた。
「エルラドだ」
その名が落ちた瞬間、ササガワの胸の奥で何かがざらついた。
初めて聞く名のはずなのに、妙に収まりがいい。まだ思い出せない。だがどこかで引っかかっている。
スウが鼻を鳴らす。
「覚えたわよ。感じ悪い剣士、エルラド」
「そうか」
エルラドはまったく嫌そうではなかった。
ササガワは林道の奥を見る。
「エルラド。お前はどうして残響を追っているんだ?」
「追ってはいない、攻略だ」
攻略、と言った。
「協力する気は?」
「ない」
即答だった。
「必要なら手は貸す。だが譲る気も、従う気もない」
その言い方に、ササガワは少し笑った。
「上等だ」
エルラドの目が、わずかに鋭くなる。
「そうでなくては困る」
エルラドは林道の奥へ視線を戻す。
「残響はもう街だけの問題じゃない。どこまでも発生している。探るなら、死ぬ覚悟くらいは決めておけ」
そう言い残し、灰色の外套は木々の間へ消えた。
あとに残されたスウが、肩を落とす。
「あーら、格好つけちゃってさ」
ササガワは林道の奥を見た。
Core
Near
白い断片が、今までより少しだけはっきり流れる。
残響は存在する。この世界の謎そのもののように。そしてササガワがここにいる理由そのものでもあるように。
エルラドもまた、それを追っている。
奴は味方ではない。
しかし、ライバルとして置いておく価値のある、厄介な相手だと認めた。
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