第3話[見ている男]
◆
「言っとくけど、今日は昨日みたいに全部言われた通り動くわけじゃないからね!」
依頼へ向かう道すがらスウはうるさかった。
「昨日は言われた通りに動いた覚えがあるんだな」
「やっぱり絶対にあんたの言う事聞かないわ!」
ササガワは肩をすくめた。
街の外へ出ると空気が少しひんやりしている。林の手前、草の色がまだ薄い。風は穏やかなのに、耳に入る音が妙に少ないように感じた。
今回の依頼は、街道沿いに増えた小型の魔物の駆除だ。規模としては大したことはない。だがササガワは、こういう軽い依頼ほど油断しないほうがいいと知っていた。
スウが杖を肩に担ぎながら言う。
「今日は私が先に削るから、あんたはそのあとでいいわ」
「あいよ、好きにしろ」
「その言い方むかつくんだけど。もっとこう、任せたぞ! とかないの?」
「任せたら調子に乗るからな」
「乗らないし!」
などと言っている間に、草むらの中で何かが動いた。
灰色の獣、グレイファングが二匹、ついで三匹。前に戦ったやつと同系統だが、少しだけ体格がいい。
「よーし、見てなさい」
スウが前に出る。
青白い光の魔法弾が連続で走った。やはり速い。詠唱は短く、射出までの間がほとんどない。むしろ無詠唱と言えるか。
だが浅い。一撃が軽すぎる。
避けることを前提にした体の使い方だ。何度も死にかけ、そのたびに一歩だけ早く動くことで生き延びてきたのだろうか。
だからこそ魔法職なのに敏捷性だけが育っているようだった。
一匹の本体を打ち、もう一匹の脚を弾き、三匹目の横を掠める。怯みはするが倒れない。相手の数が減らず、結果として包囲の輪が狭まる。
「ちょ、危ないって!」
スウが横へ跳び爪の攻撃を避ける。
「左から落とせ!」
ササガワが言う。
「分かってるわよ!」
「だから分かってないから言ってるんだ。右は後だ。左の脚を止めろ!」
反発はするが、スウの次の一撃はちゃんと左へ飛んだ。脚に入る。獣の体勢が半身沈む。
そこへササガワが突貫していく。
正面から受けるのではなく、少しだけ角度をずらして肩で流すように。勢いを殺してもう一匹との間に割り込む。
三匹が同時に噛みつけない形を作り、その隙にスウの連射を通す。
「今だ、急所だ!」
「分かってるって!」
魔法弾が二発。浅いが、同じ場所へ入る。ようやく一匹が崩れた。スウは息を切らしながら叫ぶ。
「倒れた! ほーら見なさい!」
「最初からそうしろ」
「それができたら苦労してないっての!」
そのやり取りの最中、不意に視界の端で白いものが滲んだ。
Warning
ササガワは反射的に下がる。
次の瞬間、草むらの別の場所から突然獣が跳んでくる。
「げっ、いつからいたの!?」
「後ろを取る気だったんだろう」
ササガワが言うと、スウが唇を噛んだ。
「魔物の癖にやるじゃない!」
残り二匹を倒したところで、ようやく場が静かになった。
「……今のちょっとマシじゃなかった?」
スウが小さく言う。
「少しな」
「少しかあ」
「少しは大きな進歩だろ」
「そこ、もっと褒めるとこじゃない?」
言いながらも、満更ではない様子で魔物から落ちた戦利品を回収しようとしていた。
その時だった。
林の奥、倒木の陰に人影が立っている事に気づいた。
長身の男が灰色の外套を羽織り、その下には黒を基調にした鎧が覗いていた。
腰には二振りの剣。色数は少ないのに、妙に目を引く立ち姿だった。
飾り気はないが、近づきがたい空気だけははっきりあった。
「……誰?」
スウが顔をしかめた。
◆
男は何も言わないまま立っている。
ただ視線だけで、地面に転がる獣と、その周囲の草の乱れを追っている。まるで戦闘そのものではなく、その痕跡を見ているようだった。
ササガワが一歩前へ出る。
「見物か?」
男はそこで初めて口を開いた。
「そう見えるなら、そうだろう」
低い声だった。感情が薄い。だが冷たいというより、余計なものを削いでいる感じがある。
「見てたんなら、助ける気はなかったの!?」
スウが噛みつくように言う。
「必要がなさそうだった」
「感じ悪っ」
男は返事をしない。
そのまま林の縁へ歩き、獣が飛び出てきたあたりの地面を見た。しゃがみ込み、土の擦れ方と草の倒れ方を確かめる。冒険者の振る舞いというより、何かを追跡している者の目つきだった。
ササガワはその立ち方に、妙な引っかかりを覚えた。
理由は分からない。だが初対面のような気がしない。只々、見たことがあるような印象だけが残る。
「ここから先は進むな」
男が短く言った。
「は?」
スウが目を丸くする。
「この先にもう一段強い異変がある。今のお前たちでは完全に足を取られる」
「何よそれ。忠告のつもり?」
「好きに取れ」
それだけ言うと、男は立ち上がった。
「待て。お前、何が見えてる?」
ササガワが問う。
男はほんの一瞬だけ、こちらを見返した。
「お前も、少しは見えている顔だな」
側から見れば意味の分からないやりとりだった。
そして次の瞬間には、男は踵を返して林の奥へ消えていく。追おうと思えば追えたかもしれない。だが、そうはしなかった。いや、できなかったのだ。
少しは見えていると言った。もちろん俺以外に、白い文字が見えてるやつがいる可能性は感じていた。奴はそうなのかもしれない。
「何よあいつ〜! 腹立つわね〜!」
スウが不機嫌そうに言う。
「感じは悪いし、なんか全部分かってるみたいな顔してるし」
「おそらく相当なやり手だ」
ササガワがぽつりと言うと、スウが渋い顔をした。
「確かにそんな感じだったけど……認めたくないわ!」
ササガワは林の奥を見る。
残響の匂いが少しだけ濃くなっていた。
あの男はそれを追っている。
そしておそらく、自分たちより一歩先にあの男はいるのだろう。
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