第7話 大学受験

 心獣統一評価試験は、全国共通の基準で行われる。ただし、すべての受験生が一か所に集まるわけではない。地域ごとに評価会場が分けられ、蓮が向かったのは関東第三区の統一評価会場だった。そこには蓮の通う高校だけでなく、近隣の普通高校、心獣育成高校、防衛系高校、企業提携校などの生徒たちが集まっている。普通高校の生徒も少なくはないため、蓮がその場にいても特別目立つことはなかった。


 それでも、控え場所に並ぶ心獣たちを見ると、育成環境の差ははっきり分かった。白い毛並みの狼、雷をまとった鷹、分厚い外殻を持つ甲虫型、鋭い牙を持つ古代型。召喚式から受験までの短い期間で、どの心獣もそれなりに体長を伸ばしている。専用訓練場を使った者、探索者の親に実戦を見てもらった者、企業製の装備を与えられた者。積み重ねてきたものは、心獣の姿に出ていた。


 蓮は受付を済ませ、控え場所の端に立った。黒音はまだ待機空間に戻してある。受験までに体長は少し伸びたが、それでも大型心獣と比べれば小さい。無駄に見せる必要はない。


 やがて、試験前の心獣確認が始まった。受験生は順番に心獣を出し、型、種族、属性、装備の規定確認を受ける。蓮の番になり、黒音を呼び出した瞬間、周囲の視線が集まった。


 蓮の腕の上に現れたのは、片腕に乗る程度の黒い蝙蝠だった。召喚式の日よりは確かに大きくなっている。音導環と翼膜補助具も身につけている。だが、狼型や古代型、甲虫型と比べれば、どうしても頼りなく見えた。


「蝙蝠種?」

「小さくないか?」

「属性は……音。特殊属性か」

「音属性は珍しいけど、あのサイズで討伐試験に出るのか?」

「探索なら分かるけど、実技の討伐は厳しそうだな」

「甲殻虫型みたいな硬い相手に当たったら、傷もつけられないんじゃないか?」


 笑い混じりの声が聞こえた。普通高校だからではない。黒音が小さく、討伐向きに見えないからだ。蓮は黒音の頭をそっと撫でた。


「気にするな。見せるのは試験でいい」


 黒音は返事をするように、翼を小さく震わせた。音は聞こえない。だが、蓮の耳の奥には澄んだ反響が返ってきた。


 第一試験は心獣制御だった。指定された範囲内で、移動、停止、旋回、帰還を行わせる。名門校の生徒たちは慣れた様子で心獣を動かしていく。雷属性の鷹は柱の間を高速で抜け、白狼は氷の足場を作って軽やかに移動した。巨大な甲虫型は重い体にもかかわらず、指示通りにぴたりと停止する。


 蓮の番号が呼ばれると、近くにいた受験生たちがちらりと視線を向けた。


「蝙蝠の番だ」

「小型なら制御くらいは得意そうだけどな」

「落ちずに飛べればいいんじゃないか」


 蓮は余計な声を聞き流し、黒音に短く指示を出した。


「黒音、低く飛べ。合図で止まれ」


 黒音が飛んだ。


 小さな黒い影が床すれすれを滑る。柱の間を抜け、蓮の指示で急停止し、すぐに角度を変えて戻ってくる。羽ばたきに無駄がない。急旋回しても体はぶれず、最後は蓮の腕へ音もなく帰還した。


 さっきまで軽く見ていた声が、少しだけ小さくなる。


「……速いな」

「小型だからだろ」

「いや、今の停止、かなり正確だった」

「装備で補助してるのか?」


 蓮は何も答えなかった。制御を見せただけだ。黒音の本当の強みは、まだ出していない。


 第二試験は低ランク異獣の討伐だった。結界内に管理された異獣が一体ずつ放たれ、討伐速度、心獣の被害、契約者の判断、そして素材状態が評価される。ここでは派手な成果を出す生徒が多かった。雷属性の鷹は棘鼠を電撃で倒し、白狼は氷で足を止めて喉元を噛んだ。巨大甲虫型は小型異獣を正面から押し潰した。討伐速度は速い。だが、焦げた毛皮、傷ついた牙、割れた外殻が残り、素材評価は思ったほど伸びていなかった。


「やっぱり火力がある心獣は強いな」

「素材評価は少し落ちても、倒せるなら十分だろ」

「蝙蝠種はどうするんだろうな」


 そして、蓮の番号が呼ばれた。


 蓮は結界内へ入り、黒音を腕から飛ばした。放たれたのは甲殻虫型の異獣だった。低ランクではあるが、硬い外殻を持ち、防御力は高い。正面から壊そうとすれば時間がかかる相手だ。


「よりによって甲殻虫か」

「蝙蝠じゃ厳しいだろ」

「あの小ささで外殻を抜けるのか?」

「音属性で何かできるとしても、時間がかかりそうだな」


 蓮は周囲の声を無視し、黒音だけを見た。


「一撃。外は残せ」


 黒音が低く沈むように飛んだ。甲殻虫型が脚を鳴らしながら突進してくる。黒音は正面には入らない。床すれすれを滑り、外殻の死角へ回り込む。黒い影が甲殻虫型の側面をかすめた瞬間、翼が一度だけ震えた。


 音は、誰にも聞こえない。


 黒音はすでに離脱していた。


 甲殻虫型は突進を続けようとして、突然脚を崩した。外殻は割れていない。角も脚も折れていない。だが、討伐判定の端末が淡く光る。


「討伐完了」


 試験官が確認に入る。会場の空気が止まった。


「外殻損傷、ほぼなし」

「脚部欠損なし」

「核片状態、良好」

「素材評価……現時点最高」


 その言葉が響いた瞬間、先ほどまで黒音を侮っていた受験生たちの表情が固まった。


「は?」

「今、何した?」

「外殻、無傷だぞ」

「甲殻虫を壊さずに倒したのか?」

「素材評価、最高……?」


 雷属性の鷹を持つ生徒は、自分の焦げた素材評価を見て顔をしかめた。巨大甲虫型の生徒は、砕けた異獣の外殻と、蓮のほぼ無傷の外殻を見比べて黙り込む。白狼を連れた女子も、黒音を見つめたまま動かなかった。


 蓮は黒音を腕に戻し、静かに撫でた。


「よくやった」


 黒音は得意げに翼を畳んだ。


 もう、誰も笑っていなかった。小さな蝙蝠。討伐向きに見えない心獣。そう思われていた黒音の評価は、たった一度の討伐でひっくり返った。


 しかし、試験はまだ終わっていない。素材評価で上位に入った受験生は、追加試験へ呼ばれる。掲示端末に名前が表示され、周囲の受験生たちが一斉に息を呑んだ。


 そこには、名門校の生徒たちと並んで、霧島蓮の名前があった。


 蓮は黒音を見た。黒音もまた、静かに翼を震わせる。


 ここからが、本当の評価試験だった。



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