第6話 違和感

 都市部を離れると田舎の風景が広がる。

 まばらに点在する民家の一つを前に、スマホからアラートが鳴る。


『天野くん、この辺りよ』


 こっくりさんの声に、天野は民家の前でバイクを止めた。

 表札を確かめ、呼び鈴を鳴らす。


「どなたですか?」


 戸惑ったような声がインターホンから聞こえてくる。天野は神格鑑定士の免許をカメラに近づけた。


「神格鑑定士の天野と申します。神格事件に関して、お話を聞かせていただけないでしょうか」


 しばしの沈黙の後、「わかりました」と答える声が聞こえ、ドアが開いた。

 出てきたのは初老の男性だ。天野が頭を下げると、男性は眉をひそめながらも「どうぞ」と家の中へ促した。

 天野に続き、さくらも家へと入る。

 客間に通された二人は座布団に座り、男が戻るのを待つ。

 さくらのスマホの振動音がカバンから聞こえ、天野は「ああ」と声を上げた。


「こっくりさんのインストールが終わったんだろ。あとは家に帰ってから、スマホに設定すればいい。

 どんな相棒が来るかは運次第だがな」


 そう言って口元をゆるめると、天野は自分のスマホを指で叩いた。

 ふすまが開き、先ほどの男性が人を連れて戻ってくる。


「妻の静江です」


 男性に紹介され、顔を失った女性は頭を下げた。二人は天野たちと向き合うように座布団に座る。

 女性が手に持っていたお盆を机に置き、天野たちに麦茶の入ったコップを置いた。


「……奥さんの顔がなくなったの日のことを、教えていただけますか?」


 天野は男性の目を見つめ、問いかける。彼は額に手を当てると視線を右に上げる。


「聞き取りにきた刑事さんにも話しましたが、正確には分かりません。

 たぶん一週間くらい前のことだったと思います」


「正確には分からないとは?」


 問い返す天野に、彼は首を振る。


「妻の顔が思い出せないのです。

 顔がなくなった日は、確かに驚いたはずなのですが、それがいつだったのか」


「事件の通報は、四日前になってますね。すぐに通報を?」


 さくらの問いかけに、彼は首を振る。


「恥ずかしながら、困惑してすぐに通報ができませんでした。

 次の日だったのか、少し時間を空けてしまったのか、けれど当日で無かったのは確かです」


「混乱されるのは当然です。通報先が分からないという方もおられます。

 不思議な事件は神格鑑定局に、と宣伝してはいますが浸透しているとは言い難い」


「そう、そうなのです。どこに相談すればいいか分からず、神格鑑定局ではなく警察に電話をかけました」


 天野の言葉に、彼は何度も首を縦に振る。さくらは女性の方へ視線を移した。

 夫と天野の話をただうつむき聞いている。彼はまだ興奮気味にまくしたてるように天野に事件のことを話している。

 自分の話をされているというの、夫の会話に何の反応も見せていない。

 さくらはゆっくりと、手を上げた。


「あの、お話を中断してしまってすみません。……お手洗いを貸していただけますか?」


「え、ええ。静江、案内してあげなさい」


 夫の言葉に彼女はゆっくりと立ち上がるとふすまを開けた。

 さくらは「すみません」と頭を下げ、廊下に出る。彼女がふすまを閉め、前を歩き出す。台所を抜け、風呂場の隣にある扉を指さした。


「静江さん、すみません。あの場で言いにくいことがあるのではないかと思って、連れ出させていただきました」


 さくらの言葉に、彼女はほほに手を当て困ったように首を傾ける。

 表情もなく、会話もできない以上、何を考えているかは空気から察するしかない。

 怒ってはいないと信じ、会話を続ける。


「旦那さんが言っていないことがあるのではないですか?」


 彼女はわずかにうつむき、首を振る。

 そして、両手を胸の前で動かした。少し待っててほしいと言っているようだ。

 彼女は冷蔵庫にはりついたマグネットボードを取ると、マジックで文字を書き始める。


『顔を失ってから、違和感があるんです』


 彼女の書いた言葉に、さくらは眉を寄せた。


「それは、目も鼻も口もないのに見えたり、食事できることにですか?」


 彼女は手を止め、首を振った。


『夫に、違和感があります』

『何かが違う気がする。でも、それが何かが分かりません』


 さくらは自身の黒髪に指を通し、軽くかきむしる。

 顔を失った女性の方が、夫に違和感を感じるのはどういうことだ。


「失礼ですが、……旦那さんが偽物であるとか?」

『記憶の中の夫と違いはないですね』


 言われることを予想していたのか、回答に迷いがなかった。

 彼女の中で、夫が本物であることは間違いない。

 さくらはカバンから綾乃にもらった美容室の割引券を取り出す。


「この美容室に覚えがありますか?」


 彼女はさくらから割引券を受け取り、店の名前をじっくりと見た。

 しかし、首を振って割引券をさくらへと返す。さくらは手がかりが空振りに終わり、うなだれた。


「……そうですか。ありがとうございます」


『戻りましょう。あまり長いと、心配をかけます』


 彼女は書いた文字を消すと、マグネットボードを冷蔵庫に戻した。

 廊下を戻り、再び客間へ戻ってきたさくらに天野が無言で鋭い視線を向ける。


「ありがとうございました」


 さくらが頭を下げると、夫は「いえいえ」と気のいい笑顔で手を振った。

 天野が首を鳴らし、座布団を軽く叩く。さくらはそそくさと元々座っていた位置に戻った。

 天野はにこやかに笑うと、ポケットから名刺を取り出した。


「いろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございます。

 事件について、何か思い出すことがありましたら、こちらにお電話ください」


「ええ、必ず。妻の顔を取り戻してください」


 頭を下げる彼に、天野は頷く。そして立ち上がり、被害者の家を後にした。

 バイクで駅まで向かう間、天野は何も言わなかった。

 駅に着き、バイクを降りてヘルメットを外したさくらに、天野は声をかけた。


「奥さんから、何か聞けたか?」


「……旦那さんに、違和感があると言われました」


 さくらはヘルメットを抱えたまま、うつむく。天野は「違和感、ね」と呟くとヘルメットを外す。


「俺の方は、特に新しい情報はなかった。事件が起きたのは、おそらく五日前。

 顔が消えた原因に心当たりなし。前日は息子たちの家で過ごして、帰ってきてから夫婦で食事に行ったそうだ」


「……綾乃さんとの共通点が見えない」


「そのようすじゃ、美容室も外れか。

 資料じゃ黒髪が共通点のように書かれていたが、それも怪しいな」


 天野の言葉に顔を上げる。天野がほおづえをつき、さくらを見ていた。


「黒髪ってのは、普通はお前みたいな染めてない髪のことを言うだろ?

 奥さんの髪は染めた黒だった。それは黒髪と言っていいものか?」


「奥さんが、髪を染めてた?」


 問い返すさくらに、天野は頷く。


「生え際が白かった。旦那さんの年齢を考えれば、髪を染めていても違和感はねぇ」


「じゃあ、性別以外に共通点がなくなっちゃうじゃないですか」


「……まだ見えてない事実があるのかもな。どっちにしろ、次の調査は明日だ。こっくりさんの設定、忘れるなよ」


 天野はヘルメットをかぶりなおすと、バイクを走らせて去っていく。

 残されたさくらは、増えた謎と消えた共通点に頭を抱えながら、家へと帰った。

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