30. 懺悔

 ベルナルドは物品管理室の卓を拭いていた。鑑定の品が並ばなくなって数日になる。


 リリスの出入りが停止されてから持ち込みも減り、管理室に人の気配はなかった。ただし窓の外は別で、朝から声が途切れない。


 薬草酒を淹れた。杯を一つだけ出し、口につけた。二つ並べていた頃と味は変わらないはずだが、一人で飲めば苦みばかりが残る。

 扉を叩く音がした。


「ベルナルド様。少しお時間をいただけますか」


 ルカだった。立ち上がって扉を開けると、修道服のまま廊下に立っている。三ヶ月伏せっていた面影はなく、あの回復を聖蹟だと修道士たちが囁いた。ベルナルドも信じた。


「どうぞ」


 中に通して椅子を勧めたが、ルカは座らなかった。修道服の裾を握っている。


「立ったままで構いません。長い話ではありませんので」

「お聞きします」


 ルカが息を吸った。


「……私の病は、本物ではありませんでした」


 ベルナルドの杯を持つ手が止まった。


「薬草を飲んでいました。副作用が体に障る種類のものです。飲み続けると熱が出て、起き上がれなくなります」

「それは処方されたものですか」

「いいえ。マルコという男から渡されました。三ヶ月、飲み続けました」


 ルカの声は平坦だった。暗記したことを誦じるように話している。


「リリスさんが物品管理室へ通われるようになった頃、飲むのをやめました。体が楽になって、起き上がれました」

「……それが聖蹟に見えた」

「はい」


 ベルナルドは杯を卓に置いた。薬草酒の液面が一度揺れ、止まった。


「ルカ修道士。あなたは今、これを懺悔として話していますか」


 ルカが初めて顔を上げた。


「……わかりません。ただ、黙っていることに耐えられなくなりました」

「門前の群衆を見ましたか」

「はい」

「鞭で自らを打っている人たちを」

「……はい」

「あの人たちはリリスさんを聖人だと信じています。あなたの回復から始まったことです」


 ルカの手が裾から離れた。両腕が修道服の脇に垂れている。


「ベルナルド様。私は……」

「事実を確認させてください」


 ベルナルドは両手を卓の上で揃えた。


「マルコなる人物があなたに薬草を渡し、三ヶ月間服用を指示した。あなたはそれに従い体調不良を装った。リリスさんが教会へ通い始めてから服用をやめ、回復したように見えた。この認識に誤りはありますか」


「……ありません」

「マルコについて、どこまで知っていますか」

「商人……だと聞いていました。詳しくは知りません」

「なぜ従ったのですか」

「……リリスさんは本物の聖人だと思っていました。マルコ殿から、列聖にはもう一つ裏付けが要ると言われて」

「あなた自身がリリスさんを聖人だと信じていた」

「はい。今も信じています」


 ベルナルドは立ち上がった。


「ルカ修道士。告解を聴く権限は私にありません。しかし、あなたが話してくれたことは、教会本部に報告します。列聖審査の根拠に偽りがあった以上、報告しなければなりません」

「……はい」

「もうひとつ」


 窓の外に目を向けた。群衆が通りを覆っている。


「リリスさんに謝罪をしなければなりません。あの方は奇跡を起こしたのでも聖人でもなく、人の企みに巻き込まれていた。私はそれを見抜けなかった」


 ルカが起き上がった日、聖蹟だと信じた。あの確信に根拠はなかった。


「退出してください」


 ルカが深く頭を下げ、震える肩のまま部屋を出た。扉が静かに閉まった。

 ベルナルドは椅子に座り、指を組んだ。祈りではなく、手が震えるのを止めるためだった。

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