独り立ちしてほしいはずの妹から向けられるヤンヤンした愛から逃げられない

病坂 病乃

第1話 サプライズ入学

 お兄ちゃんと私以外のものは全部この世から消えちゃえばいいのになぁ。


  最近よく、そんなことを考える。共依存という言葉はお兄ちゃんが奏でるピアノの和音のように美しい。


お兄ちゃんの目には、私だけが映っていればいいのに。どうしてみんな私とお兄ちゃんの幸せを邪魔するんだろう。


世界の理が私とお兄ちゃんを許さないとしても、世界を壊してでも私はあなたを手に入れたいよ。


■ ■ ■


「お兄ちゃん!はい、これ。お兄ちゃんに差し入れ!」


 俺の部活終わりに必ず飲み物の差し入れを持って訪れる女子がいた。


「おう、ありがとな」


 普通ならばファンだとか、俺のことが好きなのかもしれないとかそんな期待を持ったかもしれない。でも、俺に限ってそんなことは絶対に思わなかった。


「今日も気合い入ってるねぇ」


「今日は修司の好きなソーダだね」


 そんな俺と女子の姿を見て周りが声をかけてくる。でも、そこには浮ついた冷やかしなんて入っていなかった。


「気合い、入ってますよ?」


 普通なら嬉しいはずの差し入れも、中学の頃の俺の悩みの種だった。


「だって、私」


 いつも、どうすれば彼女の瞳に俺以外の男が映るようになるのか考えていた。


「お兄ちゃんのこと、大好きですから」


だって、相手は世界一可愛い俺の妹なのだから。


― ― ―


俺が中学を卒業してから一年が経った。つまり、高校2年生になるということだ。


「恵……!?なんで、ここに……!?」


 俺のひとつ下の後輩たちが入ってくる入学式の日、俺に向かって笑顔で駆け寄ってくる女子の姿にめまいがするかと思った。だって、予想だにしない人物だったから。


「お兄ちゃん!今朝ぶりだね」


 目の前に立っていたのは今朝、家で分かれたばかりの妹である伏見 恵だった。


「うちの高校に入るなんて聞いてないぞ?だって、藤女に入るって言ってたじゃないか」


「一年我慢したんだよ?またお兄ちゃんと同じ学校に通えるようになるのに、それを逃すなんて愚策でしょ?」


 うちの学区内で一番のお嬢様校と言われている藤崎女学院に行くと確かに恵は言っていたはずだ。勉強も部活も別に力を入れていない俺にとって高校選びはいかに家から近いかという基準でしかなかったけれど、優秀な恵は絶対にそれを活かせるところに行ったほうがいいはずなのに。


「何を考えてるんだよ。藤女だって受かったんだろ?」


「お兄ちゃん、絶対そう言うと思った」


 俺が驚きと呆れの中間のような感情でため息をつくと、恵は寂しそうな声で呟いた。


「え?」


「絶対にそう言うってわかってたから内緒にしてたの。藤女も合格したけど、望みを捨てきれなくてここも受けた。お兄ちゃんと一緒に過ごしたかったから。……一人で知らない場所に行くのは怖くて……」


 震える恵の声に蘇る記憶。それ以上彼女の口から話させるのは忍びなくてそっと手を伸ばした。


 わかってる、どうしてこんなにも彼女が俺から離れることができないのか。それでも、俺じゃ幸せにはできないから。


 彼女を幸せにできる誰かを俺は求め続けている。


「やっぱりやめたほうがいいかな」


「恵……」


 頼りなく下を向いてしまった恵にこれ以上否定の言葉をかけるわけにはいかなかった。


「わかった。俺も言い過ぎたよ」


 いつだって俺は弱い兄のままだ。


 これが本当に彼女のためになるのかと問われれば自信はない。


 それでも、いざ泣き出しそうな彼女の目を見るとそれ以上反論しようなんて到底思えないのだ。


「もう空き時間だろ?校内、案内してやろうか?」


「お兄ちゃん……」


 そして、彼女を元気づけるためにまた自分のそばに寄せ付けるようなことをしてしまう。


 その行動が自分の首を締めることなんて重々承知のくせに。


「ありがとう。高校でもまた、よろしくね」


 そう言って俺の顔を覗き込んでくる無邪気な妹は素直に可愛い。


 そう、兄妹という関係を飛び出したりしなければ彼女はとても可愛らしい妹だ。


 恵。それでも、高校では俺からどうにか引き剥がさねばなるまい。


 高校こそは、俺以外の拠り所を見つけてほしい。


 そのためにも、俺はどういう兄でいるべきなのか自分自身を見つめ直さなければいけないけれど。


 伏見 修司、17歳。兄として悩みが尽きない高校2年生。


 それにしても、まさか高校まで俺を追いかけてくるなんて……。


 仲の良かったおとなしめな女子たちはみんな藤女に行ってしまったんじゃないだろうか。


 だとしたら、彼女の高校生活はとても心細いスタートになるはずだ。


 今、俺以外に頼りになる男子でも現れてくれたら、恵の意識もそっちに向けられそうだけど。


「わからないことがあったら俺に聞きに来てもいいけど、同じクラスにも聞けるやつ作っとけよ?いざというとき、頼れる人が近くにいたほうがいいだろうから」


 俺が真っ当なテンションで言うと、恵が真剣な顔でこちらを見つめてくる。


「どうやったらモテるかな」


 ……!?


 今、モテるとかなんとか聞こえた気がするんだけど!?


 恵からまさかそんなことを聞かれるなんて思っていなかったので驚いた。


「……へ?」


「高校では新しい世界を見てみようと思って」


 恵がうーんと悩むように宙に視線を彷徨わせる。

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