第5話 初配信

 お店を出た後、わたし達はその足でゲートに向かった。ゲート管理施設内には探索者シーカー専用の更衣室が用意されているのだけど、そこにも残酷なまでのランク格差が存在する。高ランクになればそれ相応の場所を用意されている。Fランクのわたしはプールのロッカールームみたいなところだったけど、玲香さんは当然のように専用の個室を割り当てられていた。流石だ……。


「私の部屋を使っていいよ」


「あ、ありがとうございます……」


 彼女のご厚意に甘えて、二人で個室へ入る。ふわりと、玲香さんから漂うミントの香りが部屋に満ちた。密室で、推しと二人きりの着替え。すぐ横から絹擦れ音が聞こえる。視線をどこに置けばいいのか分からず、わたしは挙動不審になりながらも、買ってもらったばかりの新装備に袖を通した。更衣室を出て、持ち物保管所で護身用のナイフを受け取ったところで、わたしはある致命的な忘れ物に気づいた。


「あ……。わたし、リュックが無いんだった……」


 これまでの巨大なバックパックは、元雇い主のアークライトから貸与されていたものだ。解雇された今のわたしには、荷物を運ぶための器すらない。迂闊だった……。これじゃあ、必需品の持ち運びもできないし、魔石マナコアも回収できない。


「それなら問題ない。優奈はこれを使うといい」


 玲香さんが手渡してくれたのは、わたしの新衣装に合わせた、白地に桜色のラインが入った小ぶりなリュックだった。デザインは可愛いけれど、こんなに小さかったら魔石なんて十個も入らないんじゃ――。いや、ま、まさか……。リュックの中を覗くと、底が分からない程の闇が広がっていた。


「アトラススペース社の最新モデルのポータブルスペースだ」


「ポータブルスペース……。それって、十億超えの……!?」


 ポータブルスペースとは、現代技術とダンジョン技術によって生み出された空間圧縮機能を有するデバイスのことだ。この技術の特許を独占しているアトラス社は空間を携帯するというコンセプトを元に、様々な商品展開をしており、最新機種はたしか体育館位のスペースが圧縮されていたはず。つまり、この両手で収まるリュックで体育館位のスペースを持ち歩いているようなもの。


「た、大切に使わせて頂きます……」


 まるで、国宝級の美術品を扱う気持ちで慎重にリュックを背負った。生きた心地がしないというのはこういうことか。一歩歩くごとに、背中の十億円が揺れる。怖い。転んで傷でもつけたら、わたしの人生が何回あっても足りない。


「そんなに硬くならなくていい。さあ、次はミシャと同期しようか」


 玲香さんがアルマに指示を出す。わたしのコンタクトレンズ型スマートデバイスに同期完了の通知が走り、視界に手乗りサイズのホログラムが展開された。


『お初にお目にかかります、優菜様。ナビゲーターのミシャです。これよりお二人の冒険を全力でサポートさせていただきます』


 羊の耳が生えたメイド風の少女が恭しくお辞儀をした。


「よろしくね、ミシャ」


 指先で彼女の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。かわいい。


「ミシャ、配信の準備を頼むよ」


「かしこまりました」


 ミシャはそう言って、姿を消してしまった。名残惜しいけど、彼女にも玲香さんに任された仕事があるのだ。視界の端にアルマが撮影している映像が映し出される。ライブ配信はまだされていない。


「……玲香さん、配信、本当にわたしが隣にいていいんですか?」


 ゲートが目の前に迫る。玲香さんの配信スタイルは、一切の媚びがないゲリラ配信。突如SNSに配信告知されて、何の前触れもなくいきなりダンジョン内の映像を流す。視聴者との交流も一切なくて、淡々とダンジョンを探索する映像が流れるのだ。そして、今からわたしは玲香さんの配信に映ることになる……。今更ながら、その重大なプレッシャーが襲い掛かってきた。ソロで戦う彼女の美しさに心酔しているファンにとって、わたしのようなお荷物が隣に立つことは、不快以外の何物でもないはずだ。


「怖いんです。わたしのせいで、玲香さんの評判が落ちて、ファンの人達が離れていったら……」


「そんなことで悩んでいたのか」


「そんなことって、わたしには大事なことなんです!」


 玲香さんは足を止め、わたしの両肩を優しく掴んだ。


「たとえ、私のファンが一人もいなくなったとしても、君がいてくれたらそれでいい」


「玲香さん……」


「あの時、私を見捨てずにいてくれたのは君だけだ。今度は私が、君をあらゆる悪意から守る。だから、私を信じて」


 真っ直ぐなアクアマリンの瞳に見つめられ、わたしの不安が溶かされていく。玲香さんは穏やかな微笑を浮かべて手を差し伸べた。手をおずおずと出し触れるか触れないかのところで、彼女にがっしりと掴まれてしまった。彼女の体温だけが、今のわたしを繋ぎ止めてくれる唯一の確信だった。


 彼女に手を引かれながら、ゲートを潜ると幻想的な異世界の景色が広がる。玲香さんがするりと手を離した。瞬間、彼女の纏う空気が、戦士のそれへと切り替わった。


「ミシャ、配信開始して。周囲の索敵を頼む」


『かしこまりました。配信を開始しました。現在、同時接続数――五万を突破。猛烈な勢いで伸びています』


 ダンジョン一層目水晶の森クリスタルフォレストの地図にわたし達の現在位置が表示され、ついにライブ配信が始まる。視界の端で、コメント欄が滝のように流れ始める。驚き、混乱、戸惑い。


『あれ? 二人』


『隣の女の子は誰?』


『氷の令嬢がソロを辞めた!?』。


 不快感というよりは、あまりの衝撃に視聴者がパニックを起こしているのが分かった。どんどん、わたしに対するコメントが出てくる。皆は玲香さんだけを見ていたいのに、わたしが映っていたら不快にもなる。もし、わたしが視聴者で玲香さんの隣に誰かいたら、多分、少し嫌な気もちになるもん。なんで、平凡な子が玲香さんのとなりにいるんだって……。そんなことを考えていたら、玲香さんがアルマの方へ振り返った。


「視聴者の皆、今日は報告がある」


 玲香さんがアルマに向かって、凛とした声で語りかける。彼女が配信中に視聴者に話しかけるなんて、前代未聞だ。玲香さんがわたしに視線を送ってきた。嫌な予感しかしない。


「新しく専属サポーターとパーティーを組むことにした。……優菜、こっちへ」


 予感は見事的中。玲香さんが手招きする。この期に及んで拒否するなんてできるわけもなく。わたしは重い足取りで、彼女の隣に立つと、「名前だけでも伝えて。大丈夫」小声で言われた。五万人近い視線が画面越しにわたしを射抜いていると思うと、体が石のように固まる。上手く口を動かせない。まるで、鯉のように口をパクパクしてると、やっと声が出てきた。


「さ、桜、優菜です……! よ、よろしくお願いしますっ!」


 勢いよく九十度のお辞儀。頭に血が上り、顔が火を吹きそうだ。恐る恐るコメント欄を見ると、意外な言葉が並んでいた。


『ガチガチじゃん、可愛いw』


『令嬢の横に並べるだけで肝が据わってるわ』


『初々しいじゃん。なんだか応援したくなるかも』


 アンチコメントよりも、温かい困惑の方が多い。もっとボロクソに言われると思っていた。ほっと胸を撫で下ろそうとしたその時、玲香さんがわたしの腰をぐいと引き寄せた。


「大分緊張しているようだが、彼女がいなければ今の私はない。彼女もあわせて応援してくれると嬉しい」


 そうしてわたし達のダンジョン探索が始まる。玲香さんの後ろから二歩ほど下がった状態で、ついていく。美しい結晶の世界が広がる中、わたしの心は鉄のように冷たく固まっていた。ずっと皆に見られていると思うと、緊張して何も考えられなくなる。


『同時接続数二十万人突破。最高記録更新です』


「に、にじゅ……!」


 ミシャから報告された数字に目が回りそうになる。二十万人にわたしの醜態が見られているのだから。


「皆、優奈が気になって仕方がないのだろう。私もいいところを見せないと」


 不敵に笑う玲香さんに気後れなんて無縁らしい。そのメンタルが欲しいけど、一生かかっても獲得はできる気がしない。


『前方にドールの集団を確認』


 アルマの映像に複数のモンスターが映し出された。


「言っている傍から、見せ場を提供してくれるとは……。ありがたい!」


 そう言って、玲香さんが氷の剣を造り出しそれを地面に突き刺した。なんでだろう。いつもなら、腰に下げている剣を抜刀して近接戦をするのが玲香さんの戦闘スタイルだ。わたしが不思議に思っていると、まるで亀裂が走る様に地面が凍結していく。ついに、ドールの集団に氷った地面が到達した瞬間、花が咲くように勢いよく無数の氷のとげが飛び出した。一つ一つが数メートルもある巨大な棘が、ドール達の身体を貫く。


『初っ端からかましていくーー!』


『景気良いねぇ』


『やっぱり、新人ちゃんがいるから張り切っているのかな?』


 わたしの違和感を皆も感じ取っているらしい。


「優奈、魔力を。頼める?」


 そうか。わたしがいるから玲香さんはスキルを積極的に使ったんだ。


「あ……、はい! 『魔力譲渡マナギフト』」


 玲香さんの手を両手で包み込む。瞬間、ドクンと心臓が跳ね、わたしの中の熱い奔流が彼女へと流れ込む。共鳴レゾナンスの影響か、玲香さんの顔がふわりと赤らみ、艶っぽい吐息が漏れた。


「ん……」


 玲香さんは顔を赤らめながら、口元を抑えた。前もそうだったけど、スキルを使うと玲香さんちょっとエッチな感じがするような……。


『……今の、なんかエロくね?』


『手が触れた瞬間に令嬢がデレたんだが』


『新人ちゃんのスキルは玲香様をエロくすることだった?』


 ほ、ほらー! やっぱり、皆もそう思っている。というか、別にエロくするスキルじゃないよ。これは、副作用だよ。多分。


「優奈、もう大丈夫だ」


 玲香さんは照れ隠しのように顔を背け、そのまま前へ進んでしまった。背中越しに見える彼女の耳は真っ赤だった。コメントでエロいって言われて気恥ずかしかったのかな。わたしは速足で彼女の後を追った。


 その後の玲香さんの無双っぷりは凄まじかった。現れる敵全てを氷の嵐で氷漬けにし、打ち砕いていく。剣は一度も抜刀せず、モンスターは指一本彼女に触れることは叶わなかった。これが玲香さん本来の実力なのだろう。でも、そんなにスキルを使ったら当然、わたしの魔力譲渡マナギフトも使うことになる。その度に玲香さんと手を繋いだり、時には腰に手を回されたりするので、コメント欄が黄色い声で沸き立ったりする。


『また手つないだぞ!』


『お、またエロいのが見れる』


『いや、これはエロではない。尊いんだ』


『それな。新人ちゃんてぇてぇ……』


 今のこの感じは不本意ではある。でも、わたしの醜態を晒して玲香さんの評判を下げるより遥かにましだと思うので、これでいいのかなと思っていたり。玲香さんもまんざらでもなさそうだしね。


「今日はここまでにしよう。ミシャ配信を切ってくれ」


 玲香さんは配信ブツ切りスタイルだから、このままだと配信が終わっちゃう。この機会を逃しちゃダメだ。


「あ、玲香さん、ミシャ、ちょっと待って」


「?」


 すんでのところで、止めることに成功する。わたしはアルマのレンズを真っ直ぐに見つめた。


「皆さん、今日は見てくれてありがとうございました。見ての通り、わたしは戦う力をほとんど持っていません。でも、玲香さんの役に立ちたいという気持ちだけは、本物です。一生懸命頑張るので、よろしくお願いします!」


 早口でまくし立てるように言い切った。これだけは伝えたかった。わたしが本気だってことを。ふざけて玲香さんとパーティーを組んでいるわけじゃないって。隣に並んだ玲香さんが、優しくわたしの頭を撫でた。


「これからも私達二人を見守っていてくれ。また次の配信で」


 配信終了。同時に、わたしはその場にへたり込んだ。


「はぁぁぁ……。緊張した……」


「ふふ、よく頑張ったね、優菜。……君の最後の挨拶、すごく良かったよ」


「そ、そんな、不器用すぎて恥ずかしいです……」


「その一生懸命なところが君の魅力だ。……さあ、帰ろうか。」


「あ、ありがとうございます」


 玲香さんの笑顔は、どんな水晶よりも輝いて見えた。そうして、玲香さんと初のダンジョン探索は無事に終わったのであった。

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