第2話 今後の方針
「情報を整理しよう」
この世界は「魔術学園の無能力者」で、俺は死亡が確定している悪役貴族のリオンに転生した。けど、まだ本編のストーリーは始まっていない。
どうやら俺は、主人公カイトが学園に入学してから本編が始まる一年前に転生したみたいだ。
そして転生する前までのリオンとしての記憶も朧気ながら引き継いでいる、と。
「この情報を踏まえて、死亡が確定している
1、小説知識を生かしつつストーリー通り進めること。
2、小説のリオンよりも強くなること。
この二つが最重要案件だ。
1に関しては、ストーリーを無視してはならないからだ。
何故ストーリーを無視してはいけないかというと、リオンがカイトの成長に欠かせないキャラだからである。
というのも、リオンは何度もカイトに戦いを挑み、その度に負けてはいるがカイトの成長にも一役買っているんだ。
カイトが成長してくれないと、いずれ現れるラスボスを倒せないかもしれない。カイトがラスボスを倒してくれないと世界が滅ぶので、結局俺も死ぬことになるんだ。
だから俺はストーリーを無視して逃げ隠れしたりと好き勝手はできない。
「あ~あ、せめてモブとかに転生してくれたら自由気ままに異世界ライフを堪能できたんだけどなぁ」
できればカイトや仲間たちに世界を救ってもらって、俺はまったり農業とか冒険したりとかハーレムを作って楽しい生活を送ってみたかった。
そんな俺の願望は、物語の重要キャラであるリオンに転生してしまったことで泡に消えてしまったよ。
2に関しては、リオンが強くなることで死亡フラグを回避できるからだ。
リオンはカイトに負け続けることで卑屈になってしまう。そんな心が弱っている時に敵から「力が欲しいか」と誘惑され、カイトに勝つ為に悪の力に手を染めてしまった。
その慣れの果てが醜い化物になることで、結局最後はカイトによって殺されてしまう。
そんな死に方はごめんだ。醜い化物にならないためにも、敵の誘惑を跳ねのけるためにも力を付けるしかない。
それに力を付けることは、死亡フラグを回避した後の世界を生き抜いていくことを考えるならやっておいて損はないだろうし。
期限は本編が開始される一年後。それまでに俺は強くならなくてはならない。
そして強くなるからには、最強を目指してやる。
「よーしやるぞー。絶対に死亡フラグを回避して生き残ってやる」
今後の方針を決めて決意を抱いていたら、ぐ~とお腹が鳴ってしまう。
「腹が減っては戦ができんってことか。ご飯でも食うか」
と、踵を返した時だった。
廊下の横から出てきた小さなメイドが俺にぶつかってしまい、「きゃ!」と悲鳴を上げて倒れてしまう。その際に、彼女が抱えていた掃除道具の水が俺にかかってしまった。
「あ、あ……」
「何だ貴様(大丈夫ですか?)」
「ひっ」
あ~あ、俺の言葉でメイドさんが怯えちゃったよ。
リオンに転生したことで厄介なことがある。それは、誰かと話す時は俺の言葉がリオンのような高圧的な台詞に変換されてしまうことだった。
誰もいない時や独り言などは変換されないんだけど、他者と話す時は絶対に変換されてしまう。
どうして変換されてしまうのかは分からないけど、リオンというキャラを崩さないための物語の強制力だと認識した。
お蔭で俺がどんなに優しく接しようとも、今のように相手を怖がらせてしまうんだ。
俺の顔色を窺って顔面蒼白のメイドにそう尋ねるも反応がない。身体もぶるぶると震え、今にも泣いてしまいそうになる。
どうしたもんかと困っていると、奥から新たにメイドがやって来た。リオンの記憶から確かメイド長だったと思われる彼女は、この状況を確認したのち誠心誠意謝ってくる。
「誠に申し訳ございません、リオン様! ほら、あなたもちゃんと謝りなさい!」
「も、申し訳ございません!」
「この子は入ったばかりの新人ですので、どうかお許しいただけないでしょうか。私からもきちんと注意しておきますので」
メイド長の説得に返事をしようとした――その刹那。
『何をしているんだこの無能が! こんなこともろくにできないのか!?』
『申し訳ございません! 申し訳ございません!』
『エルファルド家に無能は必要ない、すぐに荷物を纏めてここから出て行け!』
『お願いします! どうかお許しください! 私が故郷にいる家族を養わなければならないんです! どうか!』
『平民の都合など知るか!』
『リオン様! リオン様ーー!』
「うっ!?」
何だ!? 突然頭の中に映像が浮かび上がってくる!
これは、リオンが小さなメイドに叱りつけている映像?
(何だったんだ今のは……)
やけに鮮明な映像だったけど、もしかしてリオンの記憶だったりするのか?
いや、そんなはずはない。俺が転生する前の記憶なら分かるけど、“これから起こるはずの記憶をリオンが覚えてる訳がないんだから。”
でもじゃあ、この胸が疼くような申し訳なさと激しい後悔のような感覚はいったい何なんだろうか。
「リオン様……?」
「はぁ……はぁ……これしきのことは些事にすぎん(許すも何も、全然気にしてないから)」
俺が手を振りながらそう言うと、メイド長は「えっ!?」と驚愕して恐る恐る尋ねてくる。
「お、怒っていらっしゃらないのですか?」
「くどいぞ。お前はどうなんだ(これぐらいじゃ怒らないよ。それより君は大丈夫かい?)」
「は、はひ。私なら大丈夫です」
「ふん。エルファルド家のメイドならしっかり働け(それなら良かった。じゃ、次は気を付けてね)」
「は、はい!」
メイドに怪我がないなら良かった。にしても相変わらずリオンの台詞は突き放すように冷たいよな。
安心したので立ち去ろうとすると、メイド長が慌てて止めてくる。
「リ、リオン様、せめて濡れたお召し物を交換致します!」
「服が濡れただけだ。それよりも、あの新人をきちんと教育しておけ(これくらい平気平気。お仕事頑張ってください)」
「私は夢でも見ているのかしら……リオン様が怒らないなんて。それどころか労ってくるなんて。こんな事は初めてよ、いったいどうなっているのかしら……」
◇◆◇
「それにしてもあの新人メイド、尋常じゃないほど脅えてたな」
今にも殺されてしまうんじゃないかって顔してたよな。よっぽどリオンに怒られるのが怖かったんだろう。
まぁ確かに、リオンの性格ならふざけるな! って怒鳴りつけてもおかしくはないだろうけどさ。
「あ~腹減った」
早くご飯を食べようとキッチンに向かい、
「おい、コックはいるか(あの~、すいません。ちょっといいですか)」
「リ、リオン様!? どうなさいましたか!?」
「腹が空いた。適当なものを用意してくれ(ちょっとお腹が空いちゃったので何か食べたいんですけど、食べられるものありますか?)」
「は、はい! すぐにお作り致しますのでリオン様は食堂でお待ちください」
「わかった。感謝する(ありがとうございます。お願いしますね)」
「は、はい! えっ? 感謝する? 今リオン様がお礼を言ってくれた気がしたが、私の聞き間違いか?」
コックに料理を頼んで食堂で待っていると、宣言通り時間をかけずすぐに作って持ってきてくれる。料理のメニューはパンとステーキに、サラダとスープだった。
(おお……凄く美味そう)
「温かいうちにお召し上がりください、リオン様」
「うむ(うん、いただきます)」
日本人として手を合わせてから、ナイフとフォークを使ってステーキを切り分けパクリと口に運ぶ。肉はめちゃくちゃ柔らかいし、噛めば噛むほど味が染みてくる。こんな良い肉、前世でもろくに食べたことがない。
余りの美味さに言葉も出ず感動していると、思わず涙が零れ落ちてしまう。そんな不可解な俺の様子を窺っていたコックが慌てて尋ねてきた。
「ど、どうされましたか!? やはりお口に合いませんでしたか!?」
「違う。美味で言葉を失っただけだ(そんなことないです! このステーキめちゃくちゃ美味いですよ!)」
「へっ? それは本当ですか?」
「俺の言葉を疑うのか? もう一度だけ言う、全て美味い(本当本当! ステーキだけじゃなくて、パンもサラダもスープも全部美味しいです!)」
というか、こんなに美味しいものを食べたのは久しぶりだ。
ブラック企業で働いていた時はろくな物を食べておらず、毎日コンビニ弁当とか栄養ゼリーばっかりだったからな。
誰かが作ってくれる温かいご飯がこんなに美味しいとは思わなかった。涙が出ちゃうのも仕方ないよね。
あっという間に料理を平らげた俺は、静かにと手を合わせる。
「馳走になった(ごちそうさまでした。あ~美味しかったぁ)」
「そんな……私が作った料理をリオン様がこんなに美味しそうに食べていただけるなんて。それも全部残さず……苦手なサラダまで。私は夢でも見ているのでしょうか? いたッ、夢じゃない」
ブツブツ言いながら自分の頬を叩くという奇行を行っているコックを心配して「どうした(大丈夫ですか?)」と尋ねると、彼は顔をぶるぶる振って、
「いえいえ、何でもございません! お気になさらず!」
「ふん。美味い料理を感謝する、コック(そう? ありがとう、美味しかったよ)」
「いえそんな、リオン様に美味しいと言っていただけて大変光栄です……うぅ……」
(おいおい、今度は泣き出しちゃったよ)
本当に大丈夫か?
と心配していると、再び頭にズキッと痛みが走る。
『不味い! エルファルド家の
『ひぃぃ! 申し訳ございませんリオン様! 次は必ず満足の頂けるものを作りますので、どうかお許しを!』
『もっと肉を柔らかくしろ! サラダも美味しく作れ! 僕を誰だと思っているんだ!』
また頭の中に映像が浮かび上がってくる。
今度はリオンが、料理が乗った皿をコックに投げつけて怒鳴っている光景だった。
「はぁ、はぁ……」
「ど、どうなされました!? やはり私の料理が美味しくなかったのでしょうか!?」
「気にするな(違うよ、大丈夫だから気にしないで)」
顔を青ざめさせているコックを安心させるように笑顔(リオンは真顔だけど)を浮かべる。
それにしてもこの映像はいったい何なんだ。
もう二度目だぞ。やっぱりこれは偶然なんかじゃなく、あるはずのないリオン本来の記憶なんだろうか。
それにまた、胸の奥が疼くような後悔と申し訳ない感覚に襲われるし。
「俺の身にいったい何が起こっているんだ……」
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