8.慟哭と孤独と
「それでは本日最初のニュースです」
報道局のお偉いさんらしい初老の男が態度だけは立派に、たどたどしく原稿を読む。有名大学を出ているという触れ込みの若い局アナはトラックに轢かれたそうだ。ネットニュースにちょっとだけ記事が出ていた。
「昨日の異世界転移拉致事件被害者は8215人となりました」
「この事件により、政府公式発表による今年の異世界転移拉致事件被害者は延べ20091人となりました」
お偉いさんは話を切って原稿をめくる。既に拉致事件の詳細をニュースとして扱う事は諦めているようだ。
「警察官の減少に伴い、治安の悪化が懸念されておりましたが、犯罪発生率の急上昇を受けこの度政府は自衛隊による治安出動を決定いたしました」
「一部野党からは「国民不在の決定だ」「市民を威圧するつもりか」等の懸念があるとの声が出ています」
「この決定により、航空自衛隊の一部、海上自衛隊の一部を除き、全ての自衛官は国内の治安維持活動に参加することとなります」
SNSでは。
えー、少なくね?
多分10倍は消えてる。
└毎日の消失数増えてるの、鯖読んでたから辻褄合わせようとしてるとか?
├いや、それはないだろ。数字は正確だよ。
└陰謀論乙
「日本の軍国主義化は留まることを知らない!」
ぱっと見だけは上等そうなスーツに身を包んだ男が怒鳴る。
「存在消失兵器などという人類に対する冒涜とも言える兵器を開発、運用するなど言語道断である!」
「我々の同胞も既に幾名も存在を消失させられている。このような蛮行は断じて許されるものではない!」
「我が国は日本に対し、人道に悖る存在消失兵器の即時撤廃を求めるものである!!!」
SNSでは。
消えたのスパイじゃね?
もう自衛隊は治安出動の所為でスクランブル体制維持すんのがやっとなのに何言ってんだ。
異世界転移怖くて攻めて来れないの草
梅雨明け宣言が行われ、日差しが暴力的に肌を焼く。
明日から夏休みだ。
生徒数が急激に減った学校に向かう朝、今日も山田は来なかった。
HRに出てきた教師は教頭だった。残ってたんだな、こいつ。
そういえば担任の女教師がトラックに轢かれたって話が出た時、女子生徒の多くが泣き崩れ、男子生徒も一部ショックを受けていた。意外と人気が有ったようだ。
教頭はせわしなく丸メガネを押し上げながら言う。
「山田君は昨日亡くなったと親御さんから連絡がありました」
教室は騒めきはしない。既に教室の人数は1/3程度になっている。ああ、とうとうあいつもか。という諦めにも似た空気が漂っていた。
「昨日、親御さんたちが出先から帰ったら、自室で倒れていたとの事です」
それだけ伝えると教頭はそそくさと教室を出ていく。
教師がほとんど異世界へ行ったため、授業は毎日ほぼ自習状態だった。初老の国語教師と音楽教師など数名が残っているが、学校は既に教育機関としての体をなしてはいなかった。
俺はその日は自主的に欠席とすることに決めた。
席を立ち、教室の外へ向かう。
「どこに行くの?」
春島だった。
春島はクラス委員だ、自習であっても抜け出そうとするのは見咎められるか。
だが、そうした春島の張りつめた責任感に気を遣うだけの余裕は、今の俺にはなかった。
「山田の家」
俺は言葉少なく言う。
春島は手のひらで顔を覆うと「そう……」とだけ口にした。
山田の家は俺の家からほど近い。小学生のころなどは良く遊びに行ったものだった。
二階建ての一軒家である山田の家は多少古びてはいるが記憶にあるままだった。唯一違ったのは門柱におざなりに張られたイエローテープの残骸がある事。警察が到着して貼り、保険調査の終了と共に剥がして帰ったのだろう。
呼び鈴を押す。反応はない。再度押す。やはり無反応。
俺は意を決してドアノブに手を掛ける。予想通り鍵は締まっていなかった。
玄関の土間部分には、いつも整理しておかれていたであろう靴が乱雑にわきへ寄せられている。
玄関入って正面に二階へ上る階段、その横に居間と台所へ向かう廊下。俺はとりあえず居間へ向かった。
畳敷きにカーペットを敷いた居間の中央に長方形の座卓があり、そこに山田のご両親が向き合って座っていた。一言も発さず、うつむいている。
「あの……」
何と声をかけて良い物か、俺のその一言はある種間抜けに聞こえたかもしれない。
山田の父親が顔を上げる。
「ああ、君は博のお友達だったね。昔よく遊びに来てくれていたね」
博は山田のファーストネームだ。
「はい、その、博君が……」
「そうなんだよ。昨夜、部屋に行ったら倒れていて……」
顔色が悪い。今にも倒れそうだ。
火事による両親の死。そこから帰宅してみれば今度は息子の死。むしろ倒れていない事を賞賛すべきかもしれない。
「部屋を見せてもらっていいですか」
「ああ、いいよ。案内しよう」
居間に居続ける事に限界を感じたのか、父親は俺を先導して二階に上った。昔は大きい階段だと思っていたが、今上ると狭く感じて今一頼りない。
階段を上ったさき、突き当りの部屋に父親は案内した。そこは昔と変わらず山田の部屋だった。
「失礼します」
俺は扉を開ける。その部屋は確かに山田の部屋だった。調度品など昔と同じものは殆ど無かったが、野球選手のポスターが貼られダンベルなどが転がり、壁際にはバットなどの野球道具が纏めて置かれていた。
山田の遺体は隅のベッドに横たえられていた。
俺は手を合わせて思わず「結局、報いは受けさせてやれなかったな」と呟いてしまった。
表情は穏やかその物、血色が悪い以外は今にも動き出しそうだと言われるのがわかる。
葬儀屋に連絡はしたそうだが、遺体安置所が空いていないと言われてしまったそうだ。明日棺桶と大量のドライアイスを運び込むと連絡を受けたという事だった。
更に部屋を見回すと、あまり使って無さそうな勉強机の上に不釣り合いな物が二つ置かれていた。
一つは携帯ゲーム機と、表紙に『異世界転生プラン!』と殴り書かれたノートだった。
俺はまずノートを手に取る。
初っ端から「異世界に行ったら何をする」とのタイトル。続いて
生活基盤の確保、火おこし、水の確保の仕方、獣の解体、毒のある植物の見分け方。
などが書かれていた。結論として「サバイバル知識と技術!」とあった。
二ページ目には「異世界転生リュックの準備」とあり、ナイフやファイヤスターターなどの道具が記述されていた。
そしてこれにも「サバイバル知識!」とあった。
以降は何もなし。
ノート一冊使ってこれか……。
あまりに山田らしく、横に山田が居たら大いにからかえるネタとなってくれた事だろう。
次いで大ぶりな携帯ゲーム機を手に取る。ボタンに触ることでスタンバイ状態が解除され、画面が点灯した。
画面に表示されていたのは『恋と乙女と剣と魔法とあと何か』のタイトル画面だった。
軽く状況を確認する。
「実績:世界は私の物!」を解除しました。という履歴がある。
山田、トロコンしたんだな……。
「ああ、それはなんだか調査員?だって名乗っていた人が触って「ああこれか」と言っていたよ」
父親が口を開く。
「最初見た時は子供っぽくて本当にあれが調査員なのか疑ってしまったよ」
俺はピンと来るところが有った。多分画像で見た社長だろう。
「ありがとうございました」
俺は父親にそう言うと、もう一度山田に向かって手を合わせた。
「せっかく来てくれたんだ、お茶の一杯でも飲んでいって下さい」
父親はそういう。ああ、母親と二人きりになるのが耐えきれないのだろう。
「あまり長居は出来ませんが、ご馳走になります」
俺は最後にもう一度部屋の中を見回し、目に焼き付けて部屋を出た。
階下に降り、居間へ向かうと母親がお茶を淹れ直している所だった。
父親は母親の隣に座り直し、俺はその正面に座る。
目の前に客用と思しき湯飲みに注がれたお茶が置かれる。
「いただきます」
俺は一口すする。玄米茶であったが、とてつもなく渋かった。
沈黙。俺はそれに耐えられず口を開く。
「あの、保険調査員が来ていたという事は、『勇者保険』ですか」
父親は一瞬歯軋りする。
「君もそれを言うんだね。ああそうか、君のご両親は」
「はい、両親とも異世界干渉で他界しています」
「異世界特約は入れていないんだよ。博に勧められたことはあったんだが、馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまった」
父親はお茶を一口すすると言葉を継ぐ。
「特約は入れていないんだけどね、最近は不審死や事故死は必ず保険調査員が確認する手筈になっているんだって。そうしないと件数把握出来ないとか何とか」
瞬間、母親が激高した。
「保険なんてどうでも良いんですよ!博は、博は……」
湯飲みを弾き飛ばして泣き崩れる母親を、父親が支える。
「すまない、今日は帰ってもらっていいかな」
「解りました。お邪魔してすみませんでした」
俺は一礼すると山田家を出た。
保険調査員は携帯ゲーム機を触って「ああこれか」と言っていた。どう受け取るべきだろう。
特定事故事例と認定されたのか。されていないのか。警察に、あるいは『勇者保険』に問い合わせればわかるだろうか。だが親族でもない俺では話を聞くことは出来ないだろう。
山田博。奴の魂がせめて望みの異世界へ転生したことを祈るほかない。
****
『勇者保険』によって保護されていない部分がある。それは海上であった。
異世界干渉が広がり始めて暫くしたころ、漁船や海運船の未帰還率上昇が問題視された。
船自体は海上保安庁の捜査などで発見されることが大部分だが、乗員は行方不明の状態だった。
それを受け『勇者保険』は新たな保険商品を打ち出した。
それは『海上特化型異世界転移特約』であった。
これは漁業従事者や海運業者の業務は陸上に上がることが数か月に一度などの長期に渡る事があるため、失踪が海上限定でより大きな保証を受けられるプランとなっていた。
しかしこれは大きな問題を抱えていた。
多額の借金を抱えた被保険者が海上に出て自殺するケースが多数報告されたのだ。
もともと保険調査員による調査が絶対であり、自殺は保証されない旨を契約時に周知はしていた。しかし借金で首が回らなくなって死を覚悟したような人間にはそんなものは関係なかった。
「あわよくば」この一言が全てだった。
この特約は『勇者保険』唯一の失敗商品と位置付けられ、保険商品の更新を待たずに特約から外された。
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