第39話 ちょっとツラかせやヒロくん 

 キーンコーンカーンコーン


「起立。姿勢。礼」


 ——さようなら


 鐘の音から委員長……茜(あかね)のひどく淡々とした号令と、クラス全員の挨拶に到るまでが、まるでつまらない映画のエンドロールみたいに流れていった。


「……」


 SHR(ショートホームルーム)が終了してすぐさま、茜はこちらを一瞥することもなく足早に教室を出る。


「はぁ……」


 俺は再び席に着き、机に突っ伏す。


 今日一日、マジでしんどかった。

 もうね。クラスの空気がお通夜だった。


 原因? 十中八九、俺と茜です。


 そりゃあいつもあれだけイチャついていた恋人(仮)同士がとなり合う席に並んで座っているのにもかかわらず一切口を聞かなければ、そうもなる。


 でもさ、どうしろって言うんだよ?

 どうすればいいのか、俺にもわかんねえよ……。

 っていうかなんだよお見合いって。


 ニセ彼氏をお願いされたときに茜が言ってたけどさ——


『そのうち適当な相手とお見合いをさせられることでしょう。なので、それまでで構いません(お見合い? そんなのありません。するとしたらヒロくんとしか考えてません)』


 あのときの嘘が本当になるだなんて、誰も思わねえだろ!


 ……と、一人で悶々と頭を抱えている俺の背中に、細い指先がつんつんと刺さる。


「おーい、ヒロくん」


 起き上がって振り返れば、学校一のアイドル……西園寺(さいおんじ)知慧(ちさと)の姿が視界に飛びこんだ。


「なんだよ」


「なんだよ、じゃねえのよ」


 西園寺は圧のある笑顔で俺を見下ろしてくる。


「この後時間ある? まあ、無くても引っ張ってくけど。……ちょっとツラかせや」



 ◇



 放課後の屋上にて。


 俺は西園寺に週末から今朝に至るまでの出来事のあらましを説明した。


 もちろんテレパシーに関しては上手く伏せている。


「ははっ。ロミオとジュリエットかて」


 フェンス越しにグラウンドを見下ろす西園寺の口から、乾いた笑いが漏れた。


 いや、ちょっと違うんじゃないか? ……なんてツッコミは胸の中にとどめる。


 なぜなら今そういう空気ではない。


 具体的に言うと、西園寺からすさまじい怒りのオーラが放たれている。


「とっとと付き合っとけや、ぼけ……って言いたいところだけれど、たぶん付き合ってても結果は変わらなかっただろうね」


 あんたらの性格上、と彼女は付け加えた。


「今朝さ、ヒロくんは後から教室に入ってきたから分からなかったと思うけど……茜、ひどかったよ? もうね、最低限の挨拶しかしない。『さいおんじさんおはようございます』しか言わなかった。感情死んでた。っていうか、さいおんじさんって誰だよ。茜に苗字呼びされるのっていつぶりだよ。言っとくけど君のせいだよ?」


 さすがにとばっちりでは……と口から出かかったが、元をたどればたしかに俺のせいだねぇ。


「まるでヒロくんと出会う前の茜……いや、そんなもんじゃないね。もっとひどかった」


「そうか。でも、仕方ないだろ」


「ハァ……」


 あ、今のため息……怒りのボルテージ、一段階上がったな。


「今、あたしは、努めて冷静であろうと思っているよ、ヒロくん」


 うん、分かってる。というかもうたぶん冷静じゃないし、なんなら今にも殴り掛かってきそうなくらいに怒ってるよね。


「今一番怒りたいのも、泣き出したいのも、私じゃないのは分かってるからさ」


 さすがにわきまえていると言いたいのだろう。


 あくまでも当事者は茜や俺だから。


「茜も控えめだよねー。きっと親のこととか会社のこととか考えまくってるんだろうけどさ。やっぱりおりこうさんだ。ふつう、『勝手に決めんな!』って、親にもどこぞの軟弱男にも、もっとブチギレるとこだと思うんだけど」


 西園寺が俺の前に立ち、真正面から視線をぶつけてくる。


 その瞳はわずかに潤んでいて、頬は紅潮し、息は荒かった。


「お前らの性格はよく分かってるの。美しくていいと思う。でもね、『マジでふざけんな』っていう気持ちでしか今はない。


 茜とその天王寺(てんのうじ)ってヤツがお見合いして、婚約するとして。確かに一部の人は嬉しいかもしれない。利益が生まれるかもしれない。色々と都合がいいのかもしれない。けど——」


 目の前の少女から、学校一のアイドルという仮面が脱ぎ捨てられる。


「二人の気持ちはどうなんの!? 伝え合ったんでしょ!? やっとのことで両想いだって、確信できたんじゃん!!」


 西園寺が痛々しいくらいの表情で叫んだ。


 恐らく言葉にするのは苦しいことだろう。


 言わずもがな、聞いている俺だってきつい。


「言っとくけど、わたし、友だちやめるつもりないから。茜ともヒロくんとも」


「……そうか」


「だから、この先何十年も、幸せそうじゃないあんたらを見るのも、二人でイチャイチャしてるのが見れないのも、ありえないから」


「……」


 俺は思わず目を逸らす。西園寺の目から涙が流れていたから。


「茜、言ってたの。『ヒロくんは私のヒーローです』って」


「……ああ」


「たぶん、あなたは茜の幸せのために自分を殺そうとしてる。茜だってそう。あなた以外を選んで他の何かを優先したところで、あの子自身の心を殺すことになるよ?」


「そう、だな」


「難儀なことだなんて、わたしだって分かってる。けどさ——」


 西園寺が俺の肩に、ぽん、と手を置く。


「ヒロくん、お願い。全員を助ける、本当のヒーローになってよ」


「本当の、ヒーロー……」


「うん。自分と、その最愛の人を犠牲にすることなくハッピーエンドをつかみ取るの。ついでに、あたしも助けて?」


 西園寺がにっ、とほほ笑み、小さく舌を出す。


「いつか茜とヒロくんの結婚式で、友人代表スピーチをさせてよ」


 彼女はきっと、俺が本当はどうしたいかなんて見透かしているのだろう。


 俺は覚悟を決めて、友人のお願いに答える。


「ああ……分かった」


 ありがとう、西園寺。


 君のおかげで、まだ、ヒーローでいられそうだ。




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