第17話 敵国の女王を看病していたら、抱き枕にされました
馬車はシルフィア商業連合の領地へと入った。
ソラキア帝国の参加で唯一裏切らず、中立の立場を取った国。
「さて……どうしましょうか」
「ソフィリア様、宿を取りましょう。 セレナ様には急速が必要です」
私にもたれ掛かったセレナは息を荒げている。
今にもこと切れそうな程に顔色は悪く、このままではヴェノディアへ辿り着くこともできないだろう。
「仕方ありませんね。 パウロ、馬車も泊められる宿はありますか?」
「もちろんです」
パウロが御者に伝え、街一番の宿へと辿り着く。
そして、リタの作った遮光用の帽子をかぶって馬車の外へ出た。
外は夕暮れ。
随分と時間が経っている。
受付をパウロが済ませ、私はセレナを抱いて宿のベッドへと寝かせた。
「ごめんなさい、ソフィリア様……」
今にも消え入りそうな声で、セレナが言う。
「ええ、本当に。 困った灯ちゃんです」
毛布ごしに、ポンポンとセレナの体を叩く。
昔、私が寝込んだ時に、お母さまがそうしてくれた事があった。
その時の私は、それでとても落ち着けたのを覚えている。
セレナはポンポンする私の手をぎゅっと両手で握った。
こっちの方が落ち着くのだろうか?
コンコンとドアが二回なり、リタが部屋の中へ入ってくる。
「セレナさまー、少しだけでもいいので、食事をしましょう」
リタがお盆の上に、熱々の鍋を持ってきている。
「私がセレナ様を抱えるので、ソフィリア様はこれを食べさせてあげて下さい」
「わかりました」
リタがセレナを起こして後ろから支える。
少し横になったおかげか、セレナは馬車の中よりずっと楽にしているように見えた。
リタの持ってきた鍋の中には、消化に良さそうな柔らかく煮込まれた野菜と、小さく刻まれた鶏肉のスープ粥が入っていた。
湯気とともに、香ばしい出汁の香りがふわりと部屋の中に広がる。
「熱いですから、ふーふーしてくださいね、ソフィリア様」
「わかってますわよ、リタ。 私を子供扱いしないでください」
私は匙ですくったスープ粥を、そっと息を吹きかけて冷ます。
そして、じっとこちらを見つめているセレナの口元へと運んだ。
「ほら、口を開けなさい。 ……あーん、です」
「あー……ん」
セレナは小さく口を開け、はむっと匙を咥えた。
ごくりと喉が鳴り、ゆっくりと飲み込む。
その瞬間、彼女の顔にぱぁっと小さな花が咲いたような笑顔が浮かんだ。
「おいしい……! ソフィリア様からのあーんで、旅の疲れが吹っ飛びました!」
「そんなすぐに、良くなるはずがないでしょう?」
呆れつつも、私はどこか安堵している自分に気づく。
一匙、また一匙と運ぶたびに、セレナの頬にほんのりと顔色がよくなっていく。
先ほどまでの、今にも消えてしまいそうだった儚さが嘘のようだ。
「ソフィリア様、セレナは今、とても幸せです」
「敵国の女王ですよ私は? あなたの国を滅ぼしに行く途中なのですよ?」
セレナは満足そうな笑みを浮かべている。
それどころか、口を開けて次のスープ粥を催促してきていた。
セレナは私の手首に弱々しく、けれど愛おしそうに触れてきた。
私は匙を動かす手を止めることはしなかった。
後ろでセレナを支えているリタが、ぬくもりのある優しい眼差しで私たちを見守り、くすくすと笑っている。
「何がおかしいのです、リタ」
「いえ、少し昔の事を思い出しただけです」
「私が怪我をした時の事を思い出しているのですね?
確かに、よくこうしてお母さまとリタに看病してもらったものです」
冷徹な復讐者として、この少女を連れてきたはずだった。
目の前で国が亡ぶ様を見せてやるつもりだった。
それなのに――。
膝の上に乗せられたときの軽さや、握り返してくる手の冷たさを知るたびに、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚に襲われる。
「全部食べました! セレナ、完食です!」
「はい、よく頑張りましたねセレナ様。 偉いです!」
リタに頭を撫でられ、セレナは満足そうに目を細めている。
そして、ゆっくりとベッドに横たわると、私の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「ソフィリア様……今日は、お隣で寝てくださいますか……?」
「は? なぜ私が敵国の女王と同じベッドに……」
「……一人で寝るの、少し怖いんです」
その声は、先ほどまでの無邪気なものとは違っていた。
「……毒の痛みも、夜になると少し強くなるので」
そんな弱音を吐かれたら、断れるはずがないではない。
……いや。
もしかすると、自分がどうねだれば私が折れるのか、分かっていてやっているのかもしれない。
そう思ったが、セレナの顔を見ると、とてもそんな計算をしているようには見えなかった。
「……今回だけですからね」
私は溜息を吐きながら、靴を脱いでベッドの端へと滑り込んだ。
すかさず、セレナが抱き枕のように私に抱きついてくる。
温かい、けれどあまりにも軽くて細い体。
「あたたかいです、ソフィリア様……」
「……まったく、世話の焼ける灯ちゃんですね……。
60点あげるので、今は体を休めて下さい」
背中をポンポンと優しく叩いてやると、セレナは数分もしないうちに、すやすやと心地よさそうな寝息を立て始めた。
窓の外を見ると、ルシフェリアの街に夜の静寂が訪れている。
この温かな時間が、いつか終わってしまうことを知りながら、私はセレナの長い髪をそっと撫で下ろした。
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