第28話 下手くそな兄ちゃん
――炎の神殿 B4F――
黒い塔でも経験した浮遊感のあと、俺たちは真っ暗な部屋に立っていた。
元は透明マントだった青いマントが、ぼんやりと辺りを照らしてくれる。
「……なんてこったい。このマントがあれば、ライトの呪文は必要なかったかもしれないねぇ」
レイナさんが、がっくりと肩を落として呟いた。
「長年連れ添った大剣と、おさらばしたってのに……やれやれだよ」
うん。なんか、ごめん。
正直、かける言葉が見つかりません。
俺と兄ちゃんは顔を見合わせて、そっとしておくことにした。
ポータルの部屋を出ると、いくつもの分岐がある通路が続いていた。
「せっかく転職したんだ。使ってくよ。――ライト」
レイナさんが呪文を唱えると、周辺が格段に明るくなった。
「おおー。さすがレイナさん。明るさが違うね」
ビシッと指差しのポーズを決める。
「ちっ。そもそもあんたが……あっ! そうか。リョウタが改めて魔法使いに転職するって手もあったじゃないか」
「いや~、それだと、もしかしたら魔法使いレベル1からになったり、能力値MAXのチートも適正値に修正されちゃったかもしれないし……」
俺とレイナさんが、そんな問答を続ける中、兄ちゃんは何かに気づいたらしく、「ちょっと見てくる」と言って、枝道の奥へと消えていった。
「たしかに、リョウタの強力な呪文はもったいないねぇ。なら、ユウスケが転職したって……よかったんじゃ……」
レイナさんは辺りをきょろきょろしながら、言葉を詰まらせた。
「……ユウスケは、どこ行ったんだい?」
「兄ちゃんなら、何か見てくるって、その通路の奥に行っちゃったよ。さっき」
「なんだって!? 最初に言っとくんだった。このフロアでの単独行動は――」
レイナさんが何か言いかけたとき、別の通路の奥から誰か近づいてきた。
「やあ、お待たせ。何でもなかったよ」
兄ちゃんだった。けど、さっき歩いていったのとは違う通路から戻ってきた。奥でつながってたのかな?
「ユウスケ……だよね。単独行動するんじゃないよ。このフロアは――」
またしても、レイナさんの言葉を遮るように、今度はさっき兄ちゃんが歩いていった通路から、兄ちゃんが戻ってきた。
「やあ、お待たせ。何でもなかった……って、あれぇ!? 俺ぇ!?」
兄ちゃんが、二人いる。
◇
「つまり、この地下四階には探索者の姿や記憶、能力までコピーしちゃうモンスターが出るから、単独行動しちゃいけなかった……ってことだね」
「ああ。最初に言っとくべきだったんだ。アタシの失敗だ」
「兄ちゃん、コピーされたんだってさ」
「「あ~? 聞いてたよ」」
「スゲー。完璧にシンクロしてる。じゃあ、本物の兄ちゃん、手を挙げて」
そっと二人の兄ちゃんが手を挙げる。
「じゃあ、ニセモノの兄ちゃん、手を下げて」
当然、どちらの兄ちゃんも手を挙げたままだ。
しかし、一方の兄ちゃんが、ほんの僅かに反応したのを、俺は見逃さなかった。
「ふーん。じゃあさ、このままじゃ分かりにくいからー、そっちの兄ちゃん。マントを裏返してよ」
恐らくニセモノだろうと思う兄ちゃんには、マントを裏返して赤いマントにしてもらった。
「青の兄ちゃんと、赤の兄ちゃん」
「くっそー。ゲームだったら、単純にごり押しで倒せたのに」「リアルになると、こんな厄介な敵だったとは」
青と赤の兄ちゃんは、まるで双子のコンビのようにセリフをつなげた。
「いいかい、二人とも。油断するんじゃないよ。こいつは人間に化けて、油断させといて襲ってくるんだ」
レイナさんは、ずっとピリピリしている。
まあ、警戒するよね。兄ちゃんのニセモノだって能力値MAXなんだもん。うっかり者のレイナさんが隙を見せたなら一撃で……。
「でもさ、この状況になっちゃったら、俺ら油断なんかしないよね。化けるなら、もっと上手く取り入ってくればいいのに。兄ちゃんをコピーしたわりには、下手くそだね」
「「はあ~? お前には言われたくない」」
なるほどなるほど。やっぱり、赤の兄ちゃんがニセモノっぽい。ほんのわずかだけど、セリフに遅れがある。真似てるんだ。でも決め手に欠けるなぁ。万が一間違ってたら、取り返しが付かないことになるしなぁ。
「うーん。どっちが本物で、どっちがニセモノなのか、すぐには答えが出なそうだからさ、とりあえずこのまま、地下五階を目指そうよ」
「そうだねぇ。道すがら、対策を考えるとしようかねぇ」
レイナさんはそう言って、先頭を歩こうとしたので腕を掴んで引き戻した。
「兄ちゃんたち、先頭歩いてよ。進む道は後ろから指示出すからさ。怪しい動き見せたら、アイスの呪文で凍らせちゃうからね」
二人の兄ちゃんはしばし睨み合い、微妙に距離を空けて歩き出した。
ここで、ちょっと鎌をかけてみよう。
「あっれ~? 後ろから見たら、ニセモノってバレバレじゃーん」
俺はあえて、二人に聞こえるよう、大袈裟に言い放った。
「どっちがニセモノか、分かったのかい?」
レイナさんが喰いつくと、兄ちゃんたちも立ち止まって振り返った。
ここは決めどころだ。ビシィッ! と指差した姿勢を維持する。
「ニセモノの頭には、つむじが無いんだ」
これで反応したほうが、ニセモノ決定ってわけだ。
すると――
「「まじっ!?」」
兄ちゃんたちは、鏡合わせのパントマイムでも演じているかのように、自分の頭のてっぺんをまさぐりだした。
「…………台無しだよ、兄ちゃん」
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