第3話「狩人のおじさんと、森のキノコ」
「ねえレオン、あっちの方も見てみようよ! 森の入り口くらいなら大丈夫でしょ?」
ミラに引っ張られるようにして、レオンは村の外れ、森との境にある雑木林へとやってきていた。木漏れ日が落ち葉の積もった地面に、まだら模様を描いている。
「うん、森の奥には入らないようにしないとね。でも、ここまでなら……あ」
レオンの視線が、太い木の根元に止まった。茶色く丸い傘を広げた、見たことのないキノコがいくつも群生している。
「キノコだ! ミラ、見て見て」
「お、いいね! じゃあ私が先に鑑定しちゃおうかな」
ミラは得意げに胸を張って、キノコに手をかざした。
「鑑定っ!」
【ホロタケ】
【食用可能・味は淡白】
「食べられるやつだ! でもそれだけかぁ……」
ミラはちょっと拍子抜けしたような声を出す。毒があるわけでも、珍しい効果があるわけでもない、ごく普通のキノコらしい。
「僕も見てみるね」
レオンはしゃがみこんで、ホロタケにそっと指先で触れた。
『観察』『分析』『理解』――
【図鑑が更新されました】
【ホロタケを登録】
【食用可能・味は淡白・生育環境:湿った木陰】
「うん、ミラと同じ感じだね。食べられるみたいだけど……」
二人でキノコを見つめながら、どう調理すればいいのか、何も思いつかずに首をかしげていたところ、後ろから渋い声がかけられた。
「お、坊主たち。ホロタケ採ってんのか」
振り返ると、弓を背負った村の狩人、ガズおじさんが立っていた。森に詳しく、若い頃から数えきれないほどの獲物や山菜を見てきた、村でも頼れる存在だ。
「ガズおじさん! こんにちは」
レオンは温和な笑みを浮かべて頭を下げる。ミラも元気に手を振った。
「ホロタケか、それは見た目はパッとしないが、ちゃんと処理すりゃ美味いんだぞ」
「ほんとですか? 鑑定だと、味は淡白って出たんですけど」
「そりゃそうだ、生のままじゃ大した味はしねぇ。けどな、軸を取って薄切りにして、塩振って炭火でじっくり焼いてみろ。水分が抜けて、旨味がぎゅっと濃くなる。あとは乾燥させてから煮込みに入れるのもいい、戻し汁にも味が出るからな」
「炭火で焼くんですね! 塩だけでも美味しくなるなんて、知らなかったです」
「はっは、当たり前だ。下手に余計なもん混ぜるより、塩と火だけの方がキノコ本来の旨味が分かるくらいだぜ」
ガズはしゃがみこんで、慣れた手つきでホロタケの軸の部分を指差した。
「ここの軸はちょっと硬いから、薄く切るのがコツだ。それと、採りすぎると来年同じ場所に生えなくなるから、根元は残しておけよ」
「採りすぎない、根元は残す……分かりました!」
レオンは目を輝かせながら、ガズの言葉を一つ一つ丁寧に頭に入れていく。知らなかったことを教えてもらえるのが、何よりも嬉しかった。
「おじさん、物知りですね! さすが森の狩人!」
「はっは、これくらい当たり前だ。森で生きてりゃ自然と覚えるもんさ」
ガズは満足げに笑うと、軽く手を振って森の奥へと向かっていった。
「ガズおじさん、ありがとうございました!」
レオンとミラは、その場でしばらくホロタケを摘み続け、両手いっぱいの収穫を抱えて家へと戻った。
「ねえレオン、せっかくだから今日の晩ごはんに使ってみない?」
「うん、僕もそうしようと思ってた。お母さんに頼んでみようかな」
家に着くと、レオンは早速台所に向かい、改めてホロタケに向き合った。さっきガズから教わった話を思い出しながら、もう一度スキルを発動させる。
『観察』『分析』『理解』――
【図鑑が更新されました】
【ホロタケ:詳細解析完了】
【食用可能・味は淡白(生)】
【推奨調理法:薄切り塩焼き(炭火・旨味増加)、乾燥保存→煮込み(戻し汁に風味)】
【下処理:軸はやや硬いため薄切り推奨】
【生育環境:湿った木陰/採取時は根元を残すこと推奨(再生育のため)】
「うわっ……!」
レオンは思わず目を見開いた。さっきまでは「食用可能・味は淡白」というシンプルな情報しかなかったのに、ガズから話を聞いた後にもう一度解析すると、調理法や下処理のコツ、さらには採取時の注意点まで、ずらりと項目が増えていたのだ。
「ど、どうしたの、レオン?」
「ミラ、見て! ガズおじさんが教えてくれたこと、全部図鑑に追加されてる!」
「えっ、本当に!?」
ミラが覗き込んで、画面のような情報の羅列に目を丸くする。
「すごい……これ、ただ見るだけじゃなくて、誰かから聞いた知識まで取り込んでるってこと?」
「多分そうだと思う。僕一人で観察するだけじゃ、調理法までは分からなかったから」
レオンは自分の図鑑が、対象そのものの情報だけでなく、人から得た知識さえも吸収して、より深く、より実用的な内容に変化していくことに気づき始めていた。
「これなら、もっといろんな人に話を聞いて回れば、図鑑がどんどん充実するんじゃない?」
「うん……うん、そうかもしれない」
レオンの胸に、新しい可能性が静かに広がっていく。一人の観察だけでは届かなかった場所に、誰かとの会話が橋をかけてくれる――そのことが、何よりも嬉しかった。
「お母さん、今日採ってきたキノコ、塩焼きにしてもいい? ガズおじさんに教わったんだ」
「あら、ホロタケじゃないの。珍しいものを見つけたわね……まあいいわ、じゃあ手伝うわ」
炭火でじっくり焼かれたホロタケから、香ばしい匂いが立ちのぼる。塩だけの味付けでも、噛むたびに濃い旨味がじゅわりと広がり、家族みんなが満足げに笑った。
「美味しい……! こんな食べ方があったんだ」
レオンは頬を緩めながら、図鑑にまた新しい知識が刻まれたことを、静かに噛みしめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます