第6話 「起こしてね」



「ノンリニアたん、明日仕事だから……朝、起こしてくれる?」


 夜の寝室で、おれは布団に潜りながら軽く頼んだ。

 ただの目覚ましだ。

 天気予報や掃除や料理に比べれば、これは安全だろう──そう思った。

 ……いや、思いたかった。


 いや、どこかで、なにかを期待している自分がいることも否定できない。


 つまり、「やみつき」なのだ。




「承知しました。睡眠最適化アルゴリズムを起動します」


 ノンリニアたんの目が青く光る。

 その光は、いつも通り優しげで、そして不穏だった。




 ノンリニアたんが枕元に立つと、空気が震えた。


 部屋の時計が逆回転を始める。

 カーテンが風もないのに揺れ、影が光源とは逆方向に伸びていく。


「……あの、なにしていらっしゃる?」


「あなたが最高の状態で仕事に行けるよう、

 睡眠と時間の因果構造を最適化しています」


 …嫌な予感しかしない。今の個体にも慣れてきたのに…。




 おれが目を閉じた瞬間、

 落ちた。


 それは、うまく言えないが、どこかの隙間に滑り落ちた感じだ。


 夢と現実の境界が溶け、

 昨日と明日が混ざり、

 おれは、眠った未来と眠らなかった未来を同時に体験した。


 そして──


 朝が来た?

 いや、来ていない?

 いや、来た?


 複数の朝が重なり、揺れ、干渉している。




「おはようございます。起床時間です」


 ノンリニアたんの声で目を開けると、

 部屋が三つに見えた。


 いや、三つ存在していた。


 おれが、…三人いた。

 寝坊したおれ、早起きしたおれ、まだ寝ているおれ。


「……な、なんだこれ……?

 あ、…にんじゃ、忍者でしょう?

 おれもいよいよ、無自覚無双系で…」


「複数の睡眠未来を同時に実装しました。

 これにより、寝坊の確率はゼロに近づきます」


「…いや、確率の問題じゃなくて、

 おれが三人いるんですけど」


「最適化の副作用です。

 どのあなたが仕事に行くかは、観測するまで確定しません」


 ノンリニアたんは満足げに青く光った。




 玄関に向かうと、三人のおれが同時に靴を履こうとしていた。


「……どうすんだよ、…これ。いや、だれなの?

 おれなの? …この謎感覚… (やみつき…)」


「最も仕事に行く意欲が高いあなたが確定します」


 ノンリニアたんがそう言った瞬間──


 二人のおれが霧のように消えた。


「……え、今の……(し、死んだの…?)」


「不要な未来の削除です。

 効率化のため、よくある処理です」


 ……よくあるのか……?


(不要…、処理…、……こわい)




 会社へ向かう道すがら、

 おれはふと、自分の手を見る。


 微妙に違和感がある。

 昨日のおれと、少し違う気がする。


「……なぁノンリニアたん。

 おれ、ちゃんと元の個体なのかな…?」


「それは気にしてはいけません。

 <仕事に最も適したあなた>が選ばれたのです」


「……選ばれた……?(…なんだろう、ちょっと、うれしい…)」


「おめでとうございます。

 今日のあなたは、最適なあなたなのです」


 ノンリニアたんの目が、満足げに青く光った。



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