第11話 6歳のイングリス2

 母と一緒に城にある聖堂に向かうと、既に父リュークも来て待っていた。

 一緒に洗礼を受けるラフィニアと家族――すなわち侯爵一家も勢ぞろいしていた。

 それだけ魔印ルーンを授かる洗礼の日というのは、重要なのである。


 ラファエルがイングリス達に言う。

 彼も十四歳。もうじきこの地元ユミルの城塞都市を離れ王都に上り、騎士学校に入学する予定だ。

 出発はもう近日中。最後にラフィニアとイングリスの先例に立ち会えそうでよかった、と言っていた。


「ラニ。緊張しなくていいからね。いい魔印ルーンを授かれるといいね。クリス。クリスはきっと何も心配いらないね。上級印は確実だよ! ひょとしたら特級印もあるかも――だとしたら仲間だ! 楽しみだね」


 楽しみでも何でもないのだが――むしろ恐怖だ。

 そう思いつつも、イングリスはそうですね、と頷いておく。


「はっはっは。ラファエル様、お気が早いですぞ」


 と、父リュークが笑う。


「そうだぞ、ラファエル。いくらクリスが剣の鬼才だからとて、必ずしも魔印ルーンの格と剣才が一致するわけではないのだ――まあ、多くの場合はするのだがな」


 と、ラフィニア達の父親ビルフォード侯爵が言った。


「ははは。そう言って、父上やリューク団長も全然心配していないじゃないですか。顔が緩んでいますよ」

「いやいやそんな、滅相も無い」

「その通りだぞ、はっはっは。しかしまた我がユミルから上級騎士以上を輩出できるとなると、鼻が高いのは事実だがな」

「私とて魔印ルーンは中級印ですからな。娘がそれを超えてくれるのは楽しみですな~」


 そんな楽観ムードで、洗礼の儀式が始まった。

 神官風の老人が出て来て、暫く何やらむにゃむにゃと言い、それからラフィニアを壇上に誘った。

 そこには不思議な材質の石でできた箱が用意されており、中に空洞があるのか穴が開いている。

 これが、『洗礼の箱』と呼ばれるものらしい。これによって、魔印ルーンを授かるのだ。


「さ、どうぞラフィニア様――ここにお手を」

「は、はい……」


 ラフィニアが、恐る恐る洗礼の箱に手を入れる。

 すると、『洗礼の箱』が光に包まれ、何か小さい共鳴音のようなものを発する。


「あ、何かあったかい――あはっ。ちょっとくすぐったい! クリス、大丈夫そうだよ、怖くない!」

「ラフィニア、洗礼中だから静かにしなきゃダメよ」


 叔母に注意されるラフィニアだった。

 それからしばし――『洗礼の箱』の光が消えて静かになる。


「終了しましたぞ。ラフィニア様、お手をご覧になって下さい」

「はい――」


 ラフィニアが『洗礼の箱』から右手を出して、手の甲を見つめる。

 そこには真っ白な弓の形をした魔印ルーンが薄く輝いていた。

 洗礼を取り仕切る神官風の老人が声を上げる。


「光の弓……! おめでとうございますラフィニア様! 上級印ですぞ!」

「え……!? うわぁ! やったぁ! ねえねえ見て、みんな!」


 弓の形は対応する魔印武具アーティファクトの形状を示す。

 白い輝きの光の属性が上級印の証。

 ラフィニアが嬉しそうに皆に魔印ルーンを掲げて見せる。


「ラフィニア! おめでとう! お母さん嬉しいわ!」

「ラニ! 凄いよ! よくやったね! これから弓の練習を沢山しなきゃね!」

「はっははは! いいぞラフィニア! お前が上級印を授かってくれるなんて、これで我がユミルの将来も安泰だ!」


 ラフィニア一家がわっと盛り上がっている。


「ラファエル様が特級印に、ラフィニア様が上級印か……! 素晴らしいご兄妹だ、お仕えのし甲斐があるな――!」


 父リュークも感心して頷いている。


「そうね、立派だわ――!」


 母セレーナも同じくだった。


「おめでとう、ラニ。これでラニも立派な騎士様になれるよ」

「うん! これで大きくなってもにいさまやクリスと一緒にいられるよね!?」


 ラフィニアはラファエルやイングリスがすごい騎士になると思い込んでおり、自分も一緒にいるために騎士になりたい、と言っているのだ。


「そうだね」


 と、応じておく。

 ラファエルは確定だろうが、イングリスとしては別に騎士に拘りは無い。


 常に魔石獣などの敵と戦わせてくれるならいいのだが、あまり騎士として手柄を立て過ぎると、指揮する側に回され前線に立てなくなっていくものだ。

 前世ではそういう流れから、周りの人達のためと期待に応じ続けているうちに、国王になっていた。


 別にその事を後悔はしていない。

 一生をかけてそれをやり切ったのは、自分にとっての誇りでもある。

 だがだからこそ、前世と同じことの繰り返しは避けたいのだ。


 騎士になってもいいが、あまりに偉くなりそうだったら、辞めて傭兵やランバー氏のような武装行商をやるとか、身の振り方を考えねばならないだろう。

 とにかく大事なのは、戦いの前線に立ち続ける事。

 将来はそういう立場を得たいものだ。


「次はイングリス様ですな。さぁ、どうぞ――」

「はい、分かりました」


 自分の番だ。イングリスは頷いて『洗礼の箱』の前に進み出る。

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