第8話 5歳のイングリス4
「行くぞおぉっ!」
ラファエルが真っ向からラーアルに斬り込む。
渾身の力を込めた、全力の踏み込みだ。
相手は強いのだから、より一層力を振り絞って――と言うような形相だった。
――そうではない。違う。とイングリスは内心ため息を吐く。
これでは他の者と変わらない結果になる。
「甘いッ!」
ラーアルの木剣は、ラファエルの渾身の一撃を簡単に受け止める。
本当の実力であれば、この一撃でラファエルが押し切っていたかも知れないが。
「くっ……!」
「クククッ! 未来の英雄も大した事ないなぁっ!」
ラーアルの反撃だ。
ラファエルはその太刀筋に反応はしているが、魔術により動きが鈍っている。
だから普段の感覚で受けようとしても間に合わない。
中途半端な受けの姿勢で、横薙ぎの一撃を受ける事になる。
その拍子に、手から木剣がすっぽ抜けて飛んだ。
それがこちらに――正確にはラフィニアの方に飛んで行く。
「きゃ――!?」
「ラニッ!?」
「大丈夫です」
バシッ!
イングリスが手を出し、それをキャッチした。
「く、クリスぅ。ありがと……!」
ラフィニアが涙目になっている。
「いいわ良くやったわ、イングリス!」
「ああよかった! ありがとうねクリスちゃん!」
母や叔母からも、お褒めの言葉を頂いた。
「ラニ! クリス! ごめんよ! 助かったよ!」
「いえ――どうぞ、ラファ兄さま」
イングリスは駆け寄ってくるラファエルに木剣を返す。
「ありがとう、クリス」
「あの。兄さま、一つ――」
「何だい? クリス」
「出来るだけ、相手を見ずに戦った方がいいかと」
「え? どういう事だい、クリス?」
「何かおかしいのです。皆の動きが鈍いのです。対して、ラーアル殿は常に相手と正対するように動いています。何かあるのか、と――」
実際には確実にある。ラーアルは魔術を使っている。
だがそれを素直に伝えても信じて貰えないだろし、後々厄介だ。
匂わせるような言い方の方が、逆にいいと判断した。
「見ずに戦う――か。確かに何か体が重い感じはしたんだ……分かったよクリス、ありがとう」
ラファエルは頷くとラーアルの前へと戻って行く。
「済みませんラーアル殿! お相手頂いても構いませんか!?」
「いいですよ。今のは中途半端でしたしね。もっと完膚なきまでに叩き潰さないと、負けたって分かりませんよねぇ?」
と、弱者をいたぶる蛇のような目をする。
しかしラファエルは、挑発には乗らずに試合に挑む。
「……行きます!」
真下を見て、ラーアルを視界に入れないようにして突っ込んだ。
床に影は映っている。それを見て大体の目測をし、斬撃を繰り出した。
「むっ……!?」
それを受けるラーアルの体勢が少々揺らぐ。
ラファエルの今の動き、攻撃は魔術の影響を逃れたのだ。
普段の力が出せるのなら、ラファエルの攻撃はラーアルにとっては受けるのが苦しい。
「やっぱり……! クリスの言った通りだ!」
「く……くそっ!」
ラファエルがラーアルを追い込んでいく。
ラーアルはどんどん下がり――壁際まで追い込まれる。
それが、ラファエルにとっては良くなかった。
「うおおおぉぉっ!」
ラファエルが突進する。そしてそれを、ラーアルが辛うじて受け流す。
ラファエルは勢いのままラーアルの脇を通り抜ける動きをし――
そのまま壁にぶつかった。
「うわっ!?」
床を見ていたため、壁が分からなかったのだ。
体制を大きく崩し――そこをラーアルの木剣が撃つ。
「はっはは! 隙ありだあぁぁぁっ!」
「ぐああぁっ!?」
「そこまで! ラーアル君の勝ちだ!」
父リュークがそう宣言した。
「あああ! ふえぇぇぇ……にいさまが負けちゃったよぉぉ~~」
涙目のラフィニアである。
イングリスは彼女の頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫。わたしが仇を取ってあげるから」
不正で騎士団が負けっぱなしになるのは、見ていて気持ちいいものではない。
それにラフィニアを泣かすわけにはいかない。
この子のお守りは自分の役目なのである。
イングリスは床に転がったラファエルの木剣を拾うと、すたすたとラーアルに近づいていく。
「お見事です。最後にわたしにも稽古をつけてくれませんか?」
にっこり笑って、そう呼びかけた。
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