推論し、目的達成のため自律的に動く豚は、広義の社畜である。
われわれは、だいたい豚なのである。オークである。
異世界へ転生したと気づけば、普通の主人公なら自分の能力を確認し、魔法を試し、女神から説明を受ける。しかし本作のジンは、見知らぬ役所の机で目を覚まし、涎を拭き、周囲の異種族へ少し驚いたあと、積まれた図面と用地買収の告示を見て職務へ復帰する。
転生直後のイベントが、ほぼ居眠りの後始末だけで終わる。
なんという社畜の鑑だろう。
しかも読み手としては、全く違和感を覚えない。前世でも地上げ案件をまとめた男なので、剣と魔法の世界を前にしても「都市計画はどうなっている」「権利関係を見せろ」と考える。世界が変わっても職業病は引き継がれ、チート能力を確認するより先に謄本を読む。この異常な適応力が、説明を置き去りにしたまま物語を前進させる強烈な推進器になっている。
(以下はややネタバレを含む)
主人公の配属先は、王都再開発課用地収用係。
攻略対象は魔王城ではない。歴代勇者が泊まった由緒ある宿屋である。買収に失敗した前任者は比喩ではなく首を失っており、ジンは異世界到着早々、超高難度案件の担当者へ据えられる。
これは城攻めより厄介だ。
城塞なら兵站を断ち、城門を破り、守備兵を無力化すればよい。しかし歴史的建造物は破壊できず、勇者という世論が後方支援につき、所有者は七千年を生きるエルフである。
高齢者をエルフへ置き換えると、相続の発生しない地権者になる。
七千年生きる地主にとって、人間の再開発計画など季節工事ほどの時間感覚かもしれない。相続、老後資金、次世代への承継という通常の交渉材料が機能せず、国家の方が地主より先に滅びかねない。ジン自身も、エルフが所有した不動産は永遠に動かないと即座に気づく。
これは流動性が完全に枯れた非上場資産といえる。
借金なし、生活苦なし、売却理由なし。しかも建物には百二十年の歴史と勇者ブランドが乗っている。価格を上げれば買える物件ではなく、所有者が売却へ同意する理由そのものを新しく設計しなければならない。
もはや用地買収というより、治外法権領土との条約交渉だ。
それなのにニルス編は重く停滞しない。
気軽に本人へ会い、態度の違和感を拾い、周辺から情報を集め、スイーツを手土産に前任者が残した失敗の真相へ接近する。一話が短く切られながらも、各話で新しい情報と次の疑問が増え、読者は主人公と一緒に案件解決へ走らされるのである。
交渉を進めるとは、相手を言い負かすことではない。
報告書から消された事情を探り、前任者が破壊した信用を、自分の責任ではないからと放置せずに回収することなのだ。
そして、七千歳のエルフ。
露出した長い耳。
軍事豚であり投資豚であり、さらに欲望に忠実な豚である私は、耳を触られて「くっ、殺せ」からの「らめええぇ」へ向かうベタな展開を一瞬期待した。
猛省している。
本作における耳は安い属性サービスではない。前任者が肩書を利用してニルスの生活へ入り込み、本人の拒絶を踏み越えた証拠として扱われる。ジンもそれを、営業の顔をした加害だと即座に見抜く。異世界の種族設定が単なる装飾ではなく、文化差、権力関係、交渉倫理へ直結している。
豚汁帝王三世先生の発明だと思う。
エルフの長寿が、「永遠の美貌」の説明ではなく、「相続の停止」なのだ。
勇者の宿は冒険の舞台ではなく、文化財とブランド価値を持つ買収困難物件になる。
王命はクエスト発注ではなく、失敗すれば担当者の首が飛ぶ納期になる。
ファンタジーの定番要素を、すべて不動産実務上の厄介事へ変換している。
しかも主人公は、剣も魔法も使わず、現地調査、権利確認、聞き取り、謝罪、関係修復によって包囲網を狭めていく。軍事豚から見れば情報戦、投資豚から見ればデューデリジェンス、社畜から見れば他人が炎上させた案件の引き継ぎである。
三方向の豚が、同時に鼻息が荒くなる。三匹の欲にまみれた豚である。醜いがとても心地よい。
『魔王より厄介な地主を説得します』”まおとく”。は、異世界へ不動産知識を持ち込んだだけの作品ではない。
魔王討伐より難しいのは、売る必要のない相手から、歴史と生活を奪わずに土地を譲ってもらうことだと気づき、その困難を短い話数の連続で疾走感あるエンターテインメントへ変えた、異世界お仕事ファンタジーの新しい戦線である。
七千歳エルフの耳につられて読み進めた豚は、気が付くと、謄本、相続、信用回復、行政の説明責任に興奮していた。
用地収用という、さらに重い性癖を豚汁先生に植えつけられたのである。
地上げ。90年代に日本各地で大変社会問題になった行為である。新しい建物を建てる為には、建設予定地にある物件を何とか立ち退かせなければいけない。これ自体は社会にとって絶対に必要だし、悪でも何でもない。だがそこで、問題は起こったのだ。とんでもなくアコギで強引な方法で立ち退かせようとしたヤツが大量発生したのだ。そういう人らは地上げ屋と呼ばれ忌み嫌われたという。もっとも、それ以上にたくさんの真っ当な交渉をする人はいたことも事実だろう。
そんな地上げを、本作はまさかの異世界で行うのである。前世は一流不動産企業のサラリーマンが、王都再開発の為にとある宿屋と交渉に臨む。穏便に終わらせたい主人公、受け入れようとする看板娘。だが、その宿屋は……なんと勇者御用達の凄い物件だった……
異世界転生ものなのに、剣でも魔法でもなく「用地収用係」から始まるところが、まずとても面白いです。
主人公ジンの前職が地上げ案件に関わる人物で、その知識と交渉力が異世界で武器になっていく予感があり、第一話から一気に引き込まれました。
王都、勇者、エルフ、オーク、宿屋。
いかにもファンタジーらしい要素が並んでいるのに、そこへ「謄本」「権利関係」「買収」「再開発」といった現実的な言葉が入ってくる。その組み合わせが絶妙で、読んでいて思わず笑ってしまいます。
特に魅力的なのは、相手がただの敵ではないところです。
勇者が代々泊まってきた宿屋、長く生きる種族、複雑な相続関係を抱えた地主。力で倒せば終わり、という相手ではなく、それぞれに歴史や事情がありそうで、「この交渉、どうやってまとめるんだろう」と続きが気になります。
ジンの軽さと実務能力、マーロとの掛け合いもテンポがよく、堅そうな題材なのに読み心地はとても楽しいです。
魔王討伐ではなく、王都再開発。
けれど、ある意味では魔王より厄介そうな相手たちに挑むこの物語。
これからどんな地主が登場し、ジンがどんな交渉術で向き合っていくのか、更新が楽しみです!
「勇者が泊まった由緒ある宿屋」「七千年生きるエルフ」「相続人が九十人いるオーク地主」——この三行だけで、この作品の面白さが全部分かります。
前世で赤坂の難件をまとめた転生プロ地上げ屋が、目覚めた瞬間からそろばんと図面の山に囲まれ即戦力として投入される——テンポの鋭さと、ファンタジー世界のデタラメな都市計画に職業病的にツッコミを入れる主人公ジンのキャラクターが見事に噛み合っています。
まだ2話・2179文字という生まれたての作品ですが、毎日22時更新予定で7話が一気に公開予定とのこと。「このライトノベルがすごい!WEB大賞」応募中の今、最初から追いかけるチャンスです。