猫のかなえは、人間になりたいと願っています。
大好きな達也と言葉を交わし、同じ姿で隣に立ち、自分の想いを伝えるために。
けれど、本作を読み終えた時、私は思いました。
かなえの恋は、人間の姿を手に入れるよりもずっと前から、達也へ届いていたのではないかと。
若い頃の恋に傷つき、再び誰かを信じることに臆病になっていた達也。
役者として成功し始めても、自分から肩書や才能が失われれば、また大切な人に置いていかれるのではないか。その不安を抱える彼にとって、かなえは、何も求めず、いつも変わらずそばにいてくれる存在でした。
達也は彼女を美しいと褒め、優しく髪をなで、喜びも寂しさも語りかける。
かなえは言葉を返せなくても、その声を聞き、寄り添い、疲れた手をそっとなめる。
人間と猫。
言葉も姿も異なる二人ですが、そこにはすでに、互いを必要とする温かな時間が積み重なっていました。
だからこそ、大切な存在を失いかけた時、達也の中からあふれ出す想いが、強く胸に迫ります。
姿が変わったから、愛されたのではありません。
達也は、かなえがどれほどかけがえのない存在だったのかを、その心で知ったのです。
幻想的な異種恋愛譚の中に、映画撮影、前世から続く因縁、そして思いもよらない出来事を織り込みながら、物語の中心にあるのは、ただ「あなたのそばにいたい」という切実な願い。
一話の中で驚きと切なさを幾重にも重ね、それでも最後には、読者の心へ優しい温もりを残してくれます。
姿や言葉が違っていても、心は相手へ届く。
愛することを恐れていた一人の青年と、声なきまま愛し続けた一匹の猫が紡ぐ、美しく温かな物語です。