人間なら誰しもが、特に子どもの頃に一度は考えるであろう、過去に楽しい時間がずっと続いてほしいという願い。しかし時は刻一刻と過ぎていき、幸せだった瞬間はどんどん遠い昔の思い出となるのが自然の理……
だけどもしその過去へと戻ることができ、当時の体験をそっくりそのまま味わうことが可能だとしたら? 一見すると魅力的なように思えますが、果たして本当に幸福感だけに浸っていられるのでしょうか?
本作は、実際にそんな力を持つ不思議な時計を手にした少年を描いた短編小説となっています。
テーマがテーマなので、多くの方の心に刺さる作品だという印象を抱いたこの物語、年齢や好みのジャンルを問わずオススメしたい作品です。
冒頭の「トロイメライが聴くのがつらかった」という描写から、和人がどれほど深く過去に執着しているかが丁寧に積み上げられており、だからこそ、時計が突然動き出した時の喪失感と絶望が読者にも痛いほど伝わってきます。
しかし結末において、時計が動き出した本当の理由が「現実の世界に唯が戻ってくるから」だったと気づかされる構成の鮮やかさに、鳥肌が立ちました。
おばあちゃんから貰った「持ち主がとまってほしいと思った時に動かなくなる」という時計のルールがロマンチックでありながら、どこか残酷です。
唯との突然の別れの痛みを麻薬のように癒やし続け、結果として現実の学校生活に馴染めなくなっていく和人の孤独と症癖が、秋の慕情や無音のエレジーといった美しい文章で繊細に描かれています