第3話 幼き日の写真。

「……やらかしたぁ……」


 あたしは項垂れたままひとりで放課後の廊下を歩いていた。

 高原に変な勘違いをされてしまった。


「……なにやってんだろ。あたし……」


 あたしが高原のことを好きになったのは、小学生の時だった。

 小学4年生までは高原と同じ小学校だったけど、5年生の時に親が離婚してあたしは引っ越した。苗字も変わった。


「なんか結局誤解されたままだし……」


 この後用事があると嘘をついてあたしは逃げ出した。

 そうして今は学校のトイレにいる。

 早く帰ればいいのに。


「……それでも、あたしだって好きだし……」


 小学4年生の時の遠足で撮った写真を取り出そうとポケットの中をまさぐった。

 当時のあたしと高原が写っている写真。

 あたしのお守りみたいなもの。


 遠足の時に迷子になった。

 あの頃のあたしは今みたいな派手な格好とかしてなくて、地味で物静かな女の子だった。友だちもあまりいなかった。内気で地味で、頭も悪い。


「……あれ? ……あれッ?!」


 高原との写真がない……。

 あたしはトイレの個室で独り、じりじりと冷や汗をかいた。


 遠足の時に助けてくれた高原との写真。

 無愛想にしつつも助けてくれた。

 迷子になって走ってコケて、膝から血を流していたあたしに、不器用ながらもハンカチを巻いてくれた。

 その時に好きになって、でも転校してしまった。

 そして苗字が変わってメイクを覚えて、この街に戻ってきた。


 それでもずっと持っていたはずの高原との写真がない。


「……いつ失くした?! やばい……」


 昼間の体育の授業後の時はたしかにあったのに、今はポケットにない……。

 昔の写真だし、写っているのがあたしだってわかる人なんていないだろうけど、見られたくないしものでもあるし……。


「たしか教室出る前にもポケットの中にあったような気もするし……」


 高原たちと話しながら触っていた。

 不安になるとよくあの写真を握ってしまうのはあたしのクセだ。

 定期入れに入れてるから、そうそう落ちたりしないって思ってたんだけど……。


「……ない……こっちにも、ない……」


 教室から順繰りで文芸部部室まで歩いて探していく。

 下校時間だし、ほとんど人の居なくなった寂しい校舎の中を歩く。

 宵待にあんなことを言われて、大切な写真を失くすとか惨め過ぎる……。


 なにも言えなかった。

 メイクしてオシャレしても、結局あたしはあの頃となにも変わっていない。

 助けてくれたあの時だって、あたしは司くんに「ありがとう」さえ言えなかった。


「ん? 立花さん? なにしてるの?」

「つッ?! ……高原?! なんでいるの?!」

「いや、部室に忘れ物して取りに来ただけだけど」

「そ、そっか! じゃ、じゃああたし行くから!」


 どんな顔して今高原と話せばいいのかわからない。

 ただでさえ勘違いされてるし、ましてやあの時の写真を万が一にでも見られたりしたら、高原にバレてしまうかもしれない。あの時のあたしだって。


「じゃあね?!」

「なんか失くし物したの?」


 逃げるように引き返そうとしたのに呼び止められてしまった。

 探し物してることもバレてしまった。

 心に余裕のない今のあたしにはどうしていいかさらにわからなくなってしまった。


「えっと……その……うん……」

「……そうですか」


 とにかく今は他の場所を探さないと……。

 この時間だしたぶん他の生徒が拾って職員室まで届けてくれてるってことはなさそうだし……。


「手伝いますよ、探し物」

「あっ……いやでも……」


 あたしがオタク君ってバカにしたりしてたわけだし、そんなあたしが高原に手伝ってもらっていいわけがない。


「でも、悪いし……」

「……大切な物なんでしょ? こんな時間に必死に探してるし」

「まあ、そうだけど……」


 高原との写真をなくしました、なんて言えるはずもない。

 けれど大切な写真には違いない。


「部員が増えて部費も増えましたし、お互い様ってことで」

「そ、そっか。じゃあ、手伝ってもらっても、いい?」

「はい。どんな物を失くしたんですか?」

「写真なんだけど、定期入れに入れてた物ごとなくしちゃって……」


 好きになった人に、好きになったきっかけの写真を一緒に探してもらうことになるなんて。

 普段あんな態度ばっかり取ってたのに、申し訳ないし自分が嫌になる。


 高原も一緒に探してくれることになって、ふたりで心当たりのある場所を探していく。

 それでもどこにも落ちていない。


「ないですね……」

「……うん」

「職員室の落し物コーナーは見ました?」

「まだ。とりあえず教室から部室まで探して今って感じなんだけど……」

「なら職員室に行きますか」

「うん……」


 部室までの道のりにはなかった。

 これで職員室の落し物コーナーにもなかったら、諦めるしかないのかな……。


 そんなことをぼんやりと考えつつ、あたしはまた来た道を見ながら歩いた。

 それでもやっぱり、どこを見てもない。


「ん? これって……」

「なに?」


 内心途方に暮れつつ、あたしは高原の方を見た。

 顔を上げると高原が手に持っていた物に目がいった。


「それっ!!」


 それは紛れもない、あたしが落としてしまった写真だった。


「どこにあったの?!」

「窓の冊子に置かれてましたよ」

「ほんとに?! なんで気が付かなかったのかなあたし?!」


 下ばかり見てて、そんなことに気が付かなかった。

 そういえばあの時も、あたしは下ばかり見ていた。


「……立花さんって、もしかして……」


 そしてあたしはハッとした。

 あたしの高原の幼い頃の写真を見られていることに。


「み、見るなぁぁぁ!」


 とっさにあたしは高原から乱暴に奪っていた。

 やばい見られた。しかもまじまじと!


 やばい。とにかく死ねる……。

 どうしようマジで恥ずかしい。

 ちょっと考えればわかることなのに。


「いやあのこれは違くて!!」

「立花さんってもしかして……」


 そうして今度はあたしの顔を見る高原。

 や、やっぱり気付かれてしまった……。


「立花さんってロリもイけるの?」

「違うわあほーッ!!」


 なんでそうなる?!

 見られて恥ずかしいしテンパってるしなんかムカつくしであたしはとにかく逃げ出した。

 誰もいない廊下を全力疾走した。



「はぁぁ……」


 最悪だ。探すの手伝ってもらったのに、あろうことかあたしは罵倒して逃げ出してしまった。


「……なんか今日寒いし……」


 なにやってるんだろうか、あたしは……。

 この前まで夏だったのに、今は秋の肌寒さがとても身に染みる。


「てか今のあたしって、もしかして高原にレズでロリコンって思われてるんじゃない? ……」


 ああ……最悪だ。ほんと最悪……。

 しかも意味わからん。


「てかそもそもこの写真見てなんでそう思ったの?!」


 独り言が止まらない。

 恥ずかしくて死にたい気持ちもあるのに高原が鈍感過ぎてやっぱムカつくが勝ってしまう。


 幼き日の高原を今の高原が見てなんで自分だってわかんないの?! 頭おかしいんじゃないの?!


「まあでも、たしかにショタ高原と今の高原は顔つきちょっと変わってる気もするけど……」


 でも昔の自分の写真見て自分だって気付かないもんなの? そういうもんなの?


 なんかもう疲れた……。

 あたしひとり無駄にテンパってバカみたいだ……。


「……またお礼言えなかったな……」


 あの時も、今もだ。

 そう思うとため息が出た。


 それに、昔のあたしを見て、それがあたしだって気づくこともなかったわけで。

 まあ、本人すら昔の自分だと認識してなかったんだし、今のあたしがそうだって気づくわけもないんだけど……。


「でもやっぱりロリコン疑惑になるのはおかしいって!!」


 その後のあたしは山の天気のように荒れた。

 でも写真を見て眠ったあたしがきっと1番バカなんだろう。


 薄れゆく意識の中で、あたしは言えなかったお礼を呟いた。




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