転生?ふざけんな!

@act110

第1話死後案内第七課



死ぬのが怖かった。


昔からずっと。


理由なんて分からない。


ただ怖かった。


夜、眠れなくなるくらい。


考えただけで心臓が縮み上がるくらい。


自分がいなくなることが。


世界から消えることが。


終わることが。


怖かった。


周りの人間は違った。


「痛くなければ別に」


「老衰なら仕方ない」


「死後のことなんて考えても意味がない」


平然と言う。


理解できなかった。


分からないから怖いんじゃないのか。


見えないから怖いんじゃないのか。


終わるから怖いんじゃないのか。


死はもっと恐ろしいものだ。


もっと圧倒的なものだ。


もっと理解できないものだ。


そうでなければならない。


そうでなければ。


こんなにも恐れている自分がおかしいみたいじゃないか。


――そして俺は死んだ。


---


「あなたは死亡しました」


---


「……へ?」


---


気が付くと。


真っ白な空間に立っていた。


壁もない。


床もない。


天井もない。


ただ白い。


どこまでも白い。


目の前には、人間のようで人間ではない何かが立っていた。


---


「規定により転生を行います」


「へ?」


「それでは記憶の消去を行います」


「ちょっと待っ――」


「来世は第1^72842365220銀河群所属小惑星群の岩石天体に転生していただきます」


「は?」


「無機物転生のため次回転生はありません」


「待って」


「付近にはクリーナー、あなた方の言うブラックホールが存在しますので転生後に情報は完全消去されます」


「待てって!」


「お疲れ様でした」


---


早口過ぎて何も分からなかった。


というか何だこれ。


---


「尚、知的生命体であることを確認しました」


---


目の前の存在が続ける。


---


「規定により質問を受理します」


---


沈黙。


---


「……は?」


---


さらに数秒の沈黙。


---


「質問を受理します」


---


いや。


そうじゃない。


そうじゃないだろ。


---


「だから一回黙れ!」


---


初めて静かになった。


---


「まず確認なんだけど」


「はい」


「俺、死んだの?」


「はい」


「そんな軽く言う?」


「事実ですので」


「いやもっとこう……何かないの?」


「何がでしょう」


「絶望とか悟りとか」


「必要ですか?」


「普通あるだろ!」


「申し訳ありません。担当外です」


「担当って何だよ」


「死後案内第七課転生窓口です」


「役所かよ」


---


頭が痛くなった。


いや。


頭があるのかも分からない。


死んでいる。


なのに考えている。


意味が分からない。


---


「待ってくれ」


「はい」


「俺は今、生きてるのか?」


「いいえ」


「死んでる?」


「はい」


「でも意識はある」


「あります」


「じゃあ死んでないじゃん!」


「死んでいます」


「どっちだよ!」


「生物学的には死亡しています」


---


ぞっとした。


---


「じゃあ俺は何だ」


「情報体です」


「人間じゃない?」


「元人間です」


---


元人間。


その言葉だけで全身が凍り付いた。


死んだ。


本当に。


本当に死んだ。


俺という人間は終わった。


ここにいるのは。


残骸だ。


記録だ。


コピーだ。


---


もし記憶を消して。


別の人生を与えて。


別の名前を付けるなら。


それは本当に俺なのか。


違うだろう。


顔も違う。


人格も違う。


記憶も違う。


何もかも違う。


それを俺と呼ぶのは乱暴すぎる。


---


怖い。


怖い。


怖い。


怖い。


怖い。


怖い。


---


「俺は消えるのか」


「はい」


「絶対に?」


「はい」


「記憶も?」


「はい」


「魂も?」


「魂という概念は存在しません」


「俺という存在は?」


「消去されます」


---


胸が潰れそうだった。


やっぱり怖い。


死は怖い。


どうしようもなく怖い。


---


「質問」


「受理済み件数一件。残り受理可能件数は不明です」


「不明?」


「必要件数を満たした時点で終了します」


「何だそのシステム」


「効率化のためです」


---


効率化。


その言葉に妙な苛立ちを覚えた。


---


「俺以外の人間もここに来るのか」


「はい」


「みんな消えるのか」


「はい」


「例外なく?」


「例外なく」


---


そこで。


ふと違和感が生まれた。


---


「なら何でこんなシステムを作ったんだ」


「……」


「何で死を管理しようと思った」


「……」


「何で説明できるようにした」


「……」


「何で理解できるものにした」


「……」


「何で窓口なんて作った」


「……」


「何で死を処理しようとした」


「……」


「何で終わりを定義しようとした」


「……」


「何で恐怖を終わらせようとした」


---


初めて。


案内人が沈黙した。


---


「回答権限がありません」


---


俺は周囲を見回す。


整理された死。


分類された魂。


決められた転生先。


説明可能な終わり。


理解可能な死。


その全てが気に入らなかった。


---


「何故そう考えますか」


---


俺は笑った。


泣きそうな顔で。


---


「死が」


「……」


「終わりが」


「……」


「こんな理解できてしまう訳がないだろ」


---


案内人が止まった。


初めて。


機械のような存在が止まった。


---


「理解不能です」


「そうだろうな」


「……」


「俺だって理解できない」


---


声が震える。


恐怖で。


---


「だから怖いんだ」


「……」


「理解できないから怖い」


「……」


「受け入れられないから怖い」


「……」


「考えるだけで震えるほど怖い」


---


死が怖くないと言う人間がいる。


死んだ後は何も分からないのだから恐れる必要はないと言う人間がいる。


なら何故、人は病院を作った。


何故、医者を求めた。


何故、戦争を恐れた。


何故、事故を避けた。


何故、生き延びようとする。


死を恐れないと言いながら。


誰も死を歓迎しないじゃないか。


---


拳を握る。


---


「でもな」


「……」


「だから死なんだよ」


---


世界に亀裂が走った。


---


警告


警告


認識災害発生


認識災害発生


世界観測値異常


---


「何をしました」


「知らねえよ」


「対象が死を受理していません」


「当然だろ」


「死亡は確認されています」


「認めてねえんだよ」


---


亀裂が広がる。


白い世界が崩れていく。


---


「全部説明できるなら」


「……」


「全部理解できるなら」


「……」


「全部管理できるなら」


「……」


「そんなものは死じゃない」


---


俺は吐き捨てた。


---


「ただのシステムだ」


---


その瞬間。


世界の端が裂けた。


黒い裂け目。


そこから絶望そのもののような気配が漏れ出している。


---


「待ってください」


「何だよ」


「そこは転生先ではありません」


「へえ」


「世界番号不明」


「ほう」


「文明崩壊率99.98%」


「へえ」


「人類生存数推定三千以下」


「……」


「侵略的外来生命群による生態系崩壊進行中」


---


少しだけ興味が湧いた。


---


「外来生命群?」


---


「原生生物との競争に勝利」


「……」


「大型捕食者の絶滅」


「……」


「植物相の変異」


「……」


「病原体の拡散」


「……」


「食物連鎖の再構築」


「……」


「現在、人類を主要な餌資源として利用しています」


---


普通なら絶望する話だろう。


だが。


---


「それだ」


「……」


「何がです」


---


俺は笑った。


---


「死にふさわしい世界だ」


---


案内人が沈黙する。


---


「理解不能です」


「だろうな」


「生存率は限りなくゼロに近い」


「だから何だ」


「貴方は死を恐れていたはずです」


---


俺は裂け目の向こうを見る。


絶望がある。


苦痛がある。


喪失がある。


そして死がある。


---


「だからだよ」


「……」


「死が怖いから」


「……」


「死が軽く扱われる方が嫌なんだ」


---


俺は裂け目へ歩き出す。


---


「待ってください」


---


振り返らない。


---


「その世界には管理機構が存在しません」


---


俺の足が少しだけ止まる。


---


「それは」


---


案内人は続ける。


---


「死後世界もありません」


「……」


「転生もありません」


「……」


「死者の回収もありません」


「……」


「魂の保存もありません」


「……」


「観測者もいません」


「……」


「私達のようなシステムも存在しません」


---


静寂。


---


「死亡した個体は例外なく消滅します」


---


胸が苦しくなった。


怖い。


心の底から怖い。


吐きそうになるほど怖い。


それでも。


どこか安心していた。


---


「知ってる」


---


「何故ですか」


---


俺は黒い裂け目の向こうを見る。


終わりがある世界。


誰も保証してくれない世界。


死んだら本当に終わるかもしれない世界。


---


「だからだよ」


---


そして。


---


「だから行く価値がある」


---


黒い裂け目が閉じる。


白い世界から俺の存在が消える。


静寂。


長い静寂。


やがて案内人は端末を開く。


---


「記録します」


---


【観測対象:人類】


【事例番号:6,841,927,513】


【分類:希少】


【内容】


【死を恐れ続けたまま死を否定】


【管理機構への不信】


【転生拒否傾向】


【終末世界への自発的移住】


---


照合開始。


---


【類似事例】


【256,801件】


---


「また人類ですか」


---


【発生種族割合】


【人類:91.4%】


---


『死後世界がある時点で死じゃない』


『輪廻転生は死の冒涜だ』


『終わりがあるから生は尊い』


『記憶を消すなら別人だろう』


『死がそんな都合よく管理されてたまるか』


---


案内人は画面を閉じた。


---


「本当に面倒な種族ですね」


---


その時、新たな通知が表示される。


---


【対象世界:X-77831】


【生存率:0.00018%】


【前回投入個体】


【生存日数:4日】


---


案内人は興味なさそうに次の書類を開く。


---


「次の死亡者を案内します」


---


死後案内第七課の業務は続く。


何事もなかったかのように。


その頃。


世界のどこかで。


また一人。


死を恐れ続ける人間が生まれていた。


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