第5話 side理子 またわたしを見つけてね

「それで理子、一樹との練習はどうだった?」


 カズとのサウスポー転向練習が終わった初日。


 ゆいゆいの部屋にお邪魔して、パジャマパーティをしていた。ローテーブルの上には少量のジュースとお菓子。身体作りのためにもお菓子の食べ過ぎは厳禁だ。


「なんかサウスポーでアタッカーすることになってさー」

「えっ⁉ 理子、セッター辞めちゃうの⁉」

「まあ、そういうことになるかな? コーチもOK出してくれたし」

「えー、それじゃあ誰が私にトス上げてくれるの~! 理子のトスじゃなきゃスパイク打ちたくない~!」

「あはは~、でもこれからは同じアタッカーとしてライバルになるね」

「うぅぅ、私のスタメンが遠のく~! でも理子のことも応援してるからね!」


 なんて複雑そうにするゆいゆいだったが「そんなことより!」とすっと持ち直す。


「一樹はどんな感じなの? どういう練習をしてくれるの? 理子とどんなお話しするの? どれくらいの頻度で練習する予定なの?」

「え~、ゆいゆい~。そこまで気になるって、もしかして浮気とか心配してる~?」

「そ、そんなんじゃないよ! 一樹が浮気するはずないじゃん!」


 両手を前に突き出して慌てて否定するゆいゆいだが、「ただ~」とだらしない顔で言う。


「一樹のことをもっと知りたくて、もっともっと仲良くなりたくなっちゃうんだ。えへへ、恋人だからね、カノジョだからねぇ~」


 もう溶けるんじゃないかってほどにゆいゆいの顔はだらしない。そんな彼女にあたしも「ひゅ~ひゅ~」なんて言って茶化す。


 ――やっぱり、カズの前でしか暗い顔を見せられない。


 今だって不安な気持ちが消えたわけじゃないのに、ゆいゆいの前では明るい自分を演じて・・・しまうのだ。


 それはゆいゆいの前だけではない。みんなの前でずっとそうしてきたつもりだ。


 でも、最近はプレイで部を引っ張れなくて、自分の存在価値が分からなくなっていた。バレーしかやってこなかったから……。


 どうしていいか分からず、体育館裏でずっとうずくまっていた。部の皆が元気に練習する声をすぐ近くで聞きながら。 


 カズはそんな状況から救い出してくれた。バレーしか取り柄がないあたしにバレーを取り戻すきっかけをくれた。


 絶対に弱いところは見せないように生きてきたのに、カズには見せてしまった。なんだか甘えてしまうのだ。カズならいいかなって。


 そう、『昔』みたいに。


 あたしは小さいころ、カズに出会っている。あの時と違って今は金髪に染めているからカズは気づいてないみたいだけど……。


 あたしがバレーを始めたのもカズの影響だ。

 だからカズがいれば立ち直れる、そんな気がするのだ。

 あの時のように。




 わたし・・・は温かでしあわせな家庭で育った。


 お父さんの自営業も上手くいっており、不自由なく暮らせていたのだと思う。

そしてあれは小学校に入学してすぐのことだった。

 

 ある冬の日、下校中に激しい雨が降ってきて急いで家に帰ったのだ。

 ずぶ濡れで家に帰ると電気もついておらず、薄暗い玄関に激しい雨音だけが響いていた。


「お母さん……? お姉ちゃん?」


 不安になりながら家族を捜す。リビング、台所、お父さんとお母さんの部屋、お姉ちゃんの部屋。でも、誰もいなかった。

 

 皆どこかに出かけちゃったのかな? 

 まだ小さかったわたしは部屋に戻ると、布団にくるまって家族の帰りを待ったのだ。


 冬の寒さに凍えながら、寒い寒いと体を震わせながら、夜の寒さをずっと耐えた。すぐに家族が帰ってくると信じて。


 でも、翌日になっても家族は帰ってこなかった。

 だけど、代わりにおばあちゃんが来てくれた。


 なんでも、お父さんの自営業が失敗して、両親は優秀な姉だけを連れて夜逃げしたらしかった。

 

 わたしはその日からちょっと離れたおばあちゃんの家に引き取られて、転校することになった。

 

 しかし、生来の根暗な性格に加えて捨てられたショックで塞ぎこんでいたわたしは友達が出来ず、放課後は同級生が来ない遠くの公園でいつも一人でいた。

 

 同級生が家族と楽しそうに遊んでるのを見るのが辛かったのだ。

 それに、友だちがいないのかとおばあちゃんが心配するからすぐには帰れなくて、夕暮れまで一人でいた。


 そうして一人で、家族に捨てられた日の寒さが消えないでいた。


「ねえ、大丈夫?」


 いつも通り公園で塞ぎこんでいると、見知らぬ男の子が声をかけてくれた。

 見たところ同い年くらいだろうか?


「一緒に遊ぼうよ!」

「でも……」

「いいからさ!」


 なんて言って男の子はわたしを引っ張っていった。

 どうやら彼はカズキというらしい。


 そしてカズキは何度も何度もわたしを色々な遊びに付き合わせたのだ。おままごと、砂遊び、ブランコなどなど。


 正直よく分からない子だなと思った。なんでこんな暗いだけのわたしに構うんだろう。

 でも、カズキはわたしが寒いときは抱きしめて温めてくれた。


「カズキといると温かいな……」


 それからしばらくすると、わたしはカズキのことが気になりだした。彼といると寒くない。温かくなれるのだ。


「バレーやろうぜリコ!」


 ある日のこと、カズキがわけの分からないことを言い出したのだ。

 なぜなら、わたしたちは基本二人きりで遊んでおり、二人ではバレーなどできないからだ。


「昨日さ、オリンピックの中継あっただろ? バレーかっけぇ! って思ってさ!」


 安直すぎる……。

 でも、カズキの手には薄汚れたサッカーボール。


「えっ、もしかしてサッカーボールでバレーやるの……?」

「俺の家、貧乏だからな。サッカーボールで全部の球技やるんだ」


 ということで、二人きりでバレーを始めた。二人しかいないから、もう何でもありの変則ルールだ。そして子供の力ではサッカーボールを相手に返すのも難しい。だから、半ばドッジボールのようになってしまう。


 それがおかしくて笑ってしまった。


「なんだ、リコってちゃんと笑えるんだな。そっちの方が全然可愛いよ」

「そ、そうかな……?」

「ああ、絶対そうだよ」


 カズキが可愛いって言ってくれるなら、これからはいっぱい笑って生きよう。

 カズキといると温かくなれる、カズキといる時だけしか温かくなれない。カズキといると幸せになれる。


 そんな時間が続いていたある日のこと。私は引っ越すことになった。おばあちゃんの通院の都合で、病院の近くに住むことになったのだ。


「リコ!」


 引っ越し当日。トラックに荷物を載せ終わったところで、カズキが走ってきた。


「理子! これ!」


 カズキは手に抱えていた、あの薄汚れたサッカーボールを手渡してくれた。


「これあげるからさ、いっぱい練習してオリンピック出ろよ! そしたらどこに引っ越しても俺はリコを見つけられるから!」

「うん……! 絶対、絶対、また会おうね! またわたしを見つけてね!」

「ああ、約束だからな!」


 こうしてわたしはまたも引っ越すことになったのだ。


 カズキと離れ離れになった今、自分一人でも明るく笑っていかなければならない。    

 カズキが可愛いと言ってくれたわたしを守らないといけないのだ。彼からもらったこの笑顔を絶やしたくない。


 だから『わたし』は『あたし』になって、過剰に明るい自分を作った。どんなに辛い時でも笑顔でいられるあたしに……。


 引っ越した先の学校でも、カズキからもらった『あたし』ですべてが上手くいきだした。

 明るくなったあたしを見ておばあちゃんは心配しなくなったし、友達もたくさんできた。


 そしてカズキとのつながりを保つために地域のバレーチームにも入った。

 

 だって、カズキはバレーをやっている時にあたしを可愛いって言ってくれたから。笑ったあたしを可愛いって言ってくれたから。離れていてもカズキに可愛いって思ってもらいたい。


 そしてあたしが笑っていれば、おばあちゃんも友達も皆ハッピーなのだ。誰も悲しむことはない。カズキは本当にあたしを救ってくれたのだ。


 カズキがどこにいても、いつでもあたしを見つけられるようにと、オリンピック選手を目指してバレーを頑張るうちに注目される選手にもなった。


 ずっとずっと、カズキのことを考えて生きてきた。

 カズキもあたしのこと考えていてくれてるのかな、カズキと再会したらどうしよう、カズキと偶然いい感じになったらどうしよう、カズキとお揃いのパジャマを着てお揃いの歯ブラシを使って一緒に布団で寝たいな。そんな幸せな未来も何度も何度も想像してしまった。


 そして推薦をもらって高校に入学すると、本当にカズキ一樹に再会できてしまったのだ。バレーがまた、あたしとカズを引き合わせてくれた。





「ぼーっとしてどうしたの理子?」

「ううん、なんでも。ゆいゆいののろけを聞いてたらのぼせちゃって~」

「そ、そうやってすぐからかって~!」


 懐かしいことを思い出していたせいか、少しぼーっとしてしまった。


 でも、カズがいないと『寒い』ことには変わりはない。家族に捨てられた、あの冬の雨を思い出して凍えてしまうのだ。


 今だってゆいゆいと楽しく話しているのに、カズの隣にいたいと思ってしまう。あたしの居場所はあそこにしかないのだ。部屋の隅に置いてあるサッカーボール宝物を見て、そう確信する。


 そんなカズキとは高校で偶然再会した。


 ――ゆいゆいの彼氏として紹介される形で。

 

 もうわけが分からなかった。

 

 でも、ゆいゆいの彼氏だから気付かないふりをした。初対面のふりをした。ゆいゆいを悲しませたくないから。他の女の影など感じたくないだろうから。

 

 少なからず、あたしが同じ立場だったら我慢できない。だから、ゆいゆいに気を使った。

 

 だってゆいゆいは『あたし』になって初めてできた友達で、小学生のころからずっと一緒にバレーをやってきた大切な友達だから。

 ゆいゆいはカズとあたしを繋いでくれる特別な存在で、大事にしなければいけない友達なのだ。


 そのためにあたしは我慢しなきゃいけなくて……。

 

 あれ……? 我慢って何? 

 

 カズへのこの気持ちは恋なんかじゃない……よね?


 だってカズはゆいゆいの彼氏だもん。恋じゃダメなんだよ。恋だったらゆいゆいを裏切ることになっちゃう。そんなのは絶対にダメ。


 でももう、カズに会いたくなっちゃってる……わたし・・・を温めて、カズ。








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【あとがき】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

面白い、今後に期待と思っていただけましたら、☆評価、コメント、フォロー、♡応援などいただけると励みになります。


ひとまず文庫本一冊分は予約投稿しております。

ちまちま投稿していくので、お付き合いいただければ幸いです。

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