母を救いたい少年が、天狗の棲むというアカマツのもとへ向かった。
村の子どもたちが“天狗の飴”と呼ぶ松ヤニ。
その素朴で不思議な言葉から、物語は「願い」と「代償」の領域へ踏み込んでいきます。
大きな松、天狗の伝承、病の母、そして必死に願う少年。
昔話としてすっと入ってくる要素が揃っているのに、読み味は決して単純ではありませんでした。
“天狗の飴”という可愛らしい呼び名から始まる物語が、いつの間にか「その願いに、覚悟はあるか」と問いかけてくる。
そこまでの運び方がとても上手いです。
伝承の怖さと、子どもの切実さと、等価交換という言葉の重みが、短い中で自然にひとつにつながっていました。
その願いのために、差し出せるものはあるのか。
そんな問いを前にして考えました。
そうですね。自分にも弟がいるので、もし同じような場面に立たされたら、喜んで自分を差し出せるだろうと思います。
――差し出すのは、一番上の兄ですが(笑)
そんなふうに、思わず自分の家族に置き換えて考えてしまうほど、弥彦の願いがまっすぐ胸に届きました。
作者の発想と言葉選び、そして読後に余韻を残す力が、短い物語の中で光っている作品だと思います。
ぜひお読みください。おすすめいたします。
松という植物の由来は、神様に「祀る」というものであり、
そこには天狗が棲むと言われている。
物語はこのようにして始まる。
ここから始まるのは、二千文字足らずの短い文章にもかかわらず、
一人の母親を救うために、若い命が犠牲(?)にならないといけないという、ある種哲学的なテーマが濃縮されており、
私はこれを、和製ロックの歌詞のように感じた。
内容は百八十度ほど違うが、ランシドというバンドの「time bom」という歌は、ギャングスタが継承されるという歌詞で、
天狗がギャングスタかどうかは別としても、神話に近いものが継承されていく様は、
童謡のようであり、やはりロックだ。
ご一読を。
江戸時代初頭、天狗が棲むと恐れられる巨大なアカマツの丘。ある願いを成就したい一心から、山の怪異に呼びかける10歳の少年・弥彦の姿から物語は始まります。
本作の魅力は、五感に響くまるで美しい水彩画をみている様な情景描写です。
青々とした松の香りや、琥珀色に滴る「天狗の飴」のとろりとした粘り気。
畏怖と神聖さが同居する巨木の丘を舞台に、貧しい少年弥彦と、忽然と現れた高貴な少年・常丸との間で交わされる「等価交換」の対話は、不思議な静けさがあり怖いのに心地よい緊張感がある。
民話や伝承が持つ独特の「おそろしさ」と「美しさ」、そして大切なものを守ろうとする少年の純粋な覚悟。
西洋の童話の様に魔法使いが無条件で助けてくれたりはなく『等価交換の理は崩さない』という日本のシビアな精神性が物語に書かれており、遠野物語に収録されてても何ら違和感のないこの作品。
作者さんの世界観のさを構築する才が羨ましい。
読了を迎えたとき、自然の巡りと、世代を超えて受け継がれる宿命の重みに、深い余韻と永い永い「◇◇(最後まで読めばここに入る漢字に文字がわかる)」が白い布に落としたインクの様にじわり、と広がります。
ぜひ読んでいただきたい一作です。