墨地図



 「それで、町長の命を救わなかったことを酷く責められたメリーは、人々からの扱いに耐えられず、町人全員を殺害してしまったらしい」


 フィグが説明し終える頃には、二人は昨日眠りについた焚き火の跡まで辿り着いていた。


「なんか……可哀想だね」


 ぽつりと、プラムが呟く。フィグは、昨夜プラムがメリーについて話していた姿を思い返した。

"自分たちの感性で捉えたままに悲しいものにして、メリーを可哀想な子にするのは失礼だよ"

 そう言った時の表情と今の表情に、大した違いは無い。


「でも、メリーは自分を可哀想だとは……思っていないかもしれないよ?」


 フィグはプラムの様子を窺いながら言う。


「それでも、アタシはメリーのことが可哀想でならないよ。妹まで殺してしまって……。後悔してないのかな」


 しんみりと言うプラム。フィグは何も言わずにプラムの垂れた眉を見つめた。


「メリーって子、きっと悲しんでるよね。何かアタシ達にできることはないかな」


 プラムのその言葉に、フィグは曖昧に唸った。


「勝手に決めつけたら駄目だよ。本人はもしかしたら、そこまで悲しんでいないかもしれないから」

「でも、アタシは悲しいよ」


 まるで自分のことのようにプラムは落胆した様子を見せる。


(プラムの意見の変化は、僕の伝え方のせいか、それとも、メリーとの時間が欠乏しているせいか)


「とにかく、メリーに会おう。それから僕達は墨を探しに行くことにしよう」


 フィグは辺りを見渡す。メリーの姿はやはり無い。


「墨って?」


 きょろきょろと顔を動かすフィグの顔を、覗き込むようにプラムは質問した。フィグは一旦動きを止める。


「僕らが持っている地図を、完成させるための墨だよ」


 歩き出しと同時にフィグがプラムにそう答えた。


「地図?」


 怪訝な表情をするプラムを見て、フィグはポケットから地図を取り出す。


「これさ」


 フィグが広げた地図には中途半端に未完成で終わっている道や地形が描かれている。


「こんな地図、使えるの? こことかぽっかり空白じゃん」


 プラムが不自然に存在する地図上の空白を指差す。


「完璧な地図を描くには、まだインクが足りないんだよ」


 フィグは地図の絵を優しくなぞる。


「僕たちが目指している場所へ迷うことなく向かいたいなら、まずはこの地図を完成させないといけない」


 そう言ってフィグは地図を折りたたみ、慣れた手つきでポケットへ仕舞った。


「目指している場所?」


 プラムが首を傾げる。


「ああ。僕たちは、生存している人間を探し出すために旅をしているんだ」

「うん」

「人間が生存している可能性が一番高い場所。それが、僕らが目指している、ブルーファンタジアの花園だよ」


 フィグは淡々とプラムにそう説明した。

 記憶が無いとはいえ、今まで何十回、何百回と繰り返し聞いてきた言葉故に、プラムの理解は当初の頃よりかなり早くなっている。


「じゃあ、インクを集めればいいのね!」

「まあそういうことになるけど」

「なら早くそれ集めよ! あ、その前にメリーを探そっか」


 プラムは意気揚々とフィグの先を歩き出した。


(インクがどんなものなのか知らないはずだけどな……)


 プラムはいつも大雑把に物事を捉える。細かいことは気にしない。フィグはそんないつも通りの彼女を見て、困ったように笑みを漏らした。機嫌よく歩くプラムの隣に追いつき、フィグは目前に迫った町に目をやる。水の湧き出るあの三メートルの小山が見えた。


「もしかしたら、メリーがインクの在り処を知っているかもしれないね」

「ホント!? メリー! 出てきてー!」


 フィグの小さな呟きを聞き、プラムは大声を上げた。その良く通る声は町も森も駆け抜けるかのように広く響き渡った。

 プラムは足を止め、空気に溶けていく自分の声を聞きながら周りの音に耳を澄ます。本当に人の気配がない。まだ町に踏み入っていないというのに、小山から流れる水の音が鮮明に聞こえてくる。だが不意に、その水音がぴたりと止まった。同時に、そよ風すら吹かなくなり、完全な静寂が訪れた。


(なんだ? 嫌な予感がする……)


 プラムもフィグと同じく不穏な空気を読み取ったのか、警戒心の籠った目で町の中を見つめている。

 その時だ。


「きゃああああ!」


 叫び声が聞こえてきた。それは紛れもなくメリーの声だった。


「行こう!」


 プラムのその声を合図に、フィグとプラムはその場を駆け出した。

 

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