第35話 審判

裁判所は、街の中心部にあった。


石造りの重厚な建物。


白銀の騎士に連れられ、俺とナナはその中へ足を踏み入れた。


『これより先は、我の役目ではない』


騎士はそう言うと、縛った窃盗団の男たちを衛兵らしきNPCへ引き渡した。


代わりに現れたのは、白いローブを纏った、初老の男のNPCだった。


『――クエストの継承者か』


低く、乾いた声だった。


『裁きの間にて、事件の真偽を見極めよ』


『証言には、真実と偽りが入り混じる』


『善悪を見誤れば、相応の罰が下る』


「罰、って」


ナナが聞き返す。


『裁きを誤った者には、重い代償がある。名声の失墜。あるいは、それ以上の何か』


『多くの挑戦者は、この時点で門を叩くのをやめる』


俺は、その言葉の重さを噛みしめていた。


証言の真偽を見抜く。


普通のプレイヤーには、無理な話だ。


手がかりもなく、勘だけで裁けと言われているようなものだ。


だからこそ、多くの挑戦者が門前で引き返すのだろう。


強さでは超えられない壁。


装備でも、レベルでも、どうにもならない試練。


このゲームには、時々そういう仕掛けが紛れている。


だが。


「……無理だな、俺たちじゃ」


俺は正直に言った。


「え、諦めるの?」


「今の俺たちには、な」


ナナに事情を説明した。


証言の真偽を見抜く力。


それを持っているのは、【ハイイロ】じゃない。


【接触読心】を持つ、あの男の方だ。


「クロなら……」


「ああ。一旦、ログアウトする」


俺たちは裁きの間を離れ、一度、安全な場所まで戻った。






現実の自室で、ヘッドセットを外す。


視界が、ゲームの光から自室の天井に切り替わる。


短い休憩を挟み、水を一杯飲んだ。


四十歳の、どこにでもいる男の手。


さっきまで纏っていた、ハイイロの姿はもうない。


俺は改めて【クロ】としてログインした。


隣には、ナナ――こちらは変わらず【ナナ】のままだった。


「お待たせ」


「じゃ、まずは騎士のとこからだね」


裁判の間に入るには、クロ自身が同じ道を辿る必要がある。


俺たちは大通りに立つ白銀の騎士のもとへ向かい、事件の場所を改めて報告した。


『――よくぞ突き止めた』


初対面のような、決まりきった反応。


システムにとって、俺とハイイロは別人として扱われているらしい。


その証拠に、案内は最初から繰り返された。


倉庫の場所は分かっている。


窃盗団の人数も、配置も、すでに頭に入っていた。


騎士を連れて向かえば、結果は同じだった。


数分で片がつき、俺の手元にも【逮捕】が渡された。


無駄な手間ではあったが、想定内だ。


システムが求める手順を、飛ばすことはできない。


「じゃ、本番といきますか」


俺たちは再び裁きの間へ向かった。


白いローブのNPCが、同じ言葉を繰り返す。


『裁きの間にて、事件の真偽を見極めよ』


俺は静かに頷き、一歩前へ出た。


最初の証言者が現れる。


盗みの疑いをかけられた、若い男のNPCだった。


顔を上げることもできず、床を見つめている。


その姿だけを見れば、誰もが哀れに思うだろう。


だが、俺の判断材料は、表情でも仕草でもない。


『わ、私は本当にやっていません……! 信じてください……!』


震える声。


涙ぐんだ表情。


演出としては、真に迫っていた。


だが、俺は表情ではなく、意識を別のところへ向けていた。


【接触読心】。


証言台に歩み寄り、男の肩にそっと手を置く。


その瞬間、頭の中に、男の思考の断片が流れ込んでくる。


――やってない。本当に、俺はやってない。


嘘の色は、なかった。


「無罪」


俺は即答した。


正解を示す光が、静かに灯る。


二人目。


三人目。


証言者が入れ替わるたび、俺はそっと肩や手に触れ、思考を読み、判断を下していく。


嘘をついている者の思考には、独特の揺らぎがあった。


言葉と、頭の中身が一致していない。


そのわずかな齟齬さえ拾えれば、迷う必要はなかった。


「有罪」


「無罪」


「有罪」


淡々と、俺は裁きを重ねていく。


三人目を過ぎたあたりから、証言のパターンが見えてきた。


嘘をつく者は、決まって話を盛る。


余計な情報を付け足し、同情を引こうとする。


本当のことを言っている者ほど、言葉数は少ない。


思考を読まなくても、傾向だけで八割は当てられそうだった。


それでも、俺は一つ一つ、【接触読心】で確かめることを怠らなかった。


八割の勘に頼って、二割を見誤るような真似はしない。


隣で見ていたナナが、途中から呆れたように呟いた。


「チートじゃん、これ」


「事実、チートみたいなもんだからな」


普通のプレイヤーなら、何日もかけて悩む判断を、俺は数秒で下していく。


証言者たちの反応も、次第に変わっていった。


驚き。


戸惑い。


まるで、すべてを見透かされているような目で、俺を見る者もいた。


最後の証言者を裁き終えた瞬間、視界に光が満ちた。


『裁判、完了』


『クエスト達成――裁判』


『報酬:後天スキル【審判】』


俺とナナの目の前に、同時に通知が浮かんだ。


「え、私も?」


ナナが驚いた声を上げる。


『裁きの場に共にあった者にも、相応の資格が与えられる』


白いローブのNPCが、静かにそう告げた。


同席し、支えたことも、審判の一部と見なされたらしい。


俺は【審判】の詳細を確認した。


安全エリア、危険エリアを問わず、対象一体の罪の有無を見極め、正しく裁いた際に効果を発揮する――そんな説明が並んでいた。


単体では、地味な力に見える。


だが、そこには気になる一文があった。


――【逮捕】および【審判】、両スキルを同時に有する者は、より上位の力を得る。


俺の視線が、その一文に釘付けになった。


「ナナ、これ」


「うん……見た」


【逮捕】は、俺たちがすでに持っている。


条件は、揃っていた。


心臓が、静かに高鳴るのを感じた。


噂から始まった、この五日間以上の道のり。


スリの目撃。


倉庫の発見。


地味な拘束スキルへの落胆。


そのすべてが、今この瞬間に繋がっている。


俺は静かに、けれど確かな期待を込めて、スキル画面を開き直した。

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