第18話 絶対強者【アヴァロン】
「……本気なの?」
ルナの顔から、さっきまでの余裕が消えていた。
「何がだ」
「何がって……【アヴァロン】だよ!」
ルナは俺の目の前に表示されたギルド情報を指差した。
「鉄血の騎士団とはワケが違うんだよ!? あいつら、このサーバーの絶対王者だからね。そこら辺をうろついてる成金プレイヤーとは、格が違うっていうか……もう、次元が違うんだって!」
「知っている」
俺も攻略掲示板で、その名前は何度も目にしていた。
最大手課金ギルド【アヴァロン】。
所属人数は百人を超え、トッププレイヤーやプロゲーマー崩れ、さらには現実世界の資産家まで所属しているという、文字通りの最強集団だ。
彼らが鉄血の騎士団と決定的に違うのは、単純な課金額ではない。
【アヴァロン】は、組織として完成されている。
敵の攻撃を受け止める前衛。遠距離から火力を叩き込む魔法職。負傷者を回復させるヒーラー。そして、戦況を把握して全体に指示を出す指揮官。
各プレイヤーが明確な役割を持ち、装備も個人の趣味ではなく、パーティー全体の戦術に合わせて最適化されている。
一人の金持ちが、高額な装備を買っただけではない。
金を持った百人が、勝つためだけに組織化されている。
「ギルド全体の資産価値は、リアルマネー換算で億を超えるって噂だよ」
ルナは、いつになく真剣な顔で続けた。
「しかも、あいつらが怖いのは装備だけじゃない。レイドボスの初討伐記録も、危険エリアの攻略記録も、ほとんどアヴァロンが持ってる。前に他の大手ギルドが百五十人で挑んで負けたボスを、アヴァロンは九十人で倒したんだから」
「なるほど」
「なるほど、じゃないって!」
ルナが俺の胸を指で突いた。
「鉄血の騎士団みたいに、狭いところに三人だけ誘い込んでハメるとか無理だからね? 百人だよ、百人! 私の【無課金領域】に入れたって、全員に囲まれたら普通に踏み潰されて終わりだから!」
「当たり前だ」
「……は?」
「誰が百人と戦うと言った?」
ルナの動きが止まった。
俺はギルド情報のウィンドウを閉じると、今度は攻略掲示板を開いた。
【アヴァロン】の名前で検索をかける。
数え切れないほどの書き込みが流れる中、俺は一つの記事を指で止めた。
『本日深夜二時――最大手ギルド【アヴァロン】、危険エリア最深部にてレイドボス【灰燼の巨神】初討伐へ』
「これだ」
「……灰燼の巨神?」
ルナが画面を覗き込む。
俺も事前に調べていた。
危険エリアの最深部。崩壊した巨大スタジアムを縄張りとする、未討伐のレイドボス。
全高十メートルを超える巨体。周囲を焼き尽くす広範囲攻撃。生半可な装備では、近づくだけでHPを削られる。
これまでに複数の大手ギルドが挑戦し、そのすべてが失敗していた。
「今日の深夜、アヴァロンはこいつを倒す」
「それが何?」
「参加人数は?」
ルナが掲示板をスクロールする。
「……百人規模って書いてある」
「集合場所は?」
「スタジアム跡地」
「戦闘時間は?」
「過去の攻略情報だと……最低でも一時間以上」
「その間、奴らはどうなる?」
ルナが黙った。
俺は指を折りながら、一つずつ条件を並べていく。
「百人が同じ場所に集まる。逃げずに一時間以上戦い続ける。大量の回復薬を消費する。高額な課金アイテムを使う。HPもMPも削られる」
「……あ」
ルナの目が、わずかに見開かれた。
「さらに、レイドボスを倒した直後は?」
「みんな……ボロボロ」
「そうだ」
俺は笑った。
【アヴァロン】は強い。
強すぎる。
だからこそ、自分たちが負けるとは思っていない。
百人の精鋭を集め、億単位の装備を持ち込み、サーバー最強のレイドボスに挑む。
その戦いに勝った瞬間。
莫大なコストを支払い、HPもMPも使い果たし、それでも勝利の興奮に沸いている、その一瞬。
彼らは、このゲームで最も高価な獲物になる。
「おじさん……まさか」
「ビジネスで一番儲かる方法は、自分でゼロから価値を作ることじゃない」
俺は、スタジアム跡地のマップを表示した。
「他人が金と時間を使って作り上げた価値を、完成した瞬間に奪うことだ」
ルナの顔が引きつった。
「いやいやいや……ちょっと待って。言ってること、マジで悪魔なんだけど」
「俺たちがボスを倒す必要はない」
「……うん」
「百人を一人ずつ倒す必要もない」
「うん……」
「アヴァロンが勝手に集まり、勝手に消耗し、勝手に一番弱くなる瞬間を待てばいい」
ルナはしばらく黙っていた。
だが、やがてその口元がゆっくりと吊り上がった。
「……で?」
「何がだ」
「どうやってやるの?」
さっきまで怯えていたはずのギャルの瞳に、いつもの危険な光が戻っていた。
「百人いるんでしょ? ボロボロになってても百人は百人じゃん。どうやって全員ハメるの?」
「それを調べに行く」
俺はスタジアム跡地のマップを拡大した。
上空から見れば、巨大な楕円形の建物だ。
観客席。選手通路。地下駐車場。搬入口。避難経路。
人間が作った巨大施設には、必ず「流れ」がある。
数万人の観客を入れるための流れ。
火災が起きたとき、外へ逃がすための流れ。
そして――巨大な荷物を、限られた場所へ運び込むための流れ。
「百人を相手にするなら、百人を見ていても勝てない」
俺はマップの一点を指差した。
「見るべきは、人間じゃない」
「じゃあ、何を見るの?」
「建物だ」
ルナが目を瞬かせた。
「どれだけ強い人間でも、壁はすり抜けられない。百人いようが千人いようが、出口が一つなら、そこを一人ずつ通るしかない」
「……また、それ?」
「まただ」
俺はウィンドウを閉じた。
「俺たちは強くない。だから、敵を見るな。地形を見ろ。人数を見るな。流れを見ろ」
正面から戦えば、一秒で殺される。
だが、それでいい。
俺は別に、最強のプレイヤーになりたいわけではない。
勝てばいい。
金を奪えれば、それでいい。
「行くぞ、ルナ」
「どこに?」
「現場だ」
俺は腰のサバイバルナイフを確かめ、危険エリアの最深部へと歩き出した。
「百人を殺す方法なんて、ここで考えても分からない」
机の上で数字を眺めているだけでは、仕事は動かない。
現場には、資料には載っていない歪みがある。
使われていない扉。
壊れた設備。
図面とは違う人の流れ。
そういう小さな綻びが、ときに巨大な組織を崩壊させる。
「まずはスタジアムを見に行く。入口から出口まで全部歩く。アヴァロンの百人が、どこから入り、どこで戦い――」
俺は暗い廃墟の向こうを見据えた。
「最後に、どこへ逃げるのかを調べる」
「……おじさん、本当にどこまでも悪魔だね」
「褒め言葉として受け取っておく」
「でも――」
ルナは一瞬だけ黙ると、楽しそうに笑った。
「めちゃくちゃ面白そう!」
俺たち二人の無課金アバターは、並んで歩き出した。
向かう先は、危険エリア最深部。
今夜、サーバー最強の百人が集結する、巨大スタジアム跡地。
百人を倒す必要はない。
百人が、自分たちから罠の中へ入ってくる場所を見つければいい。
最強のギルドを狩るための現場調査が、始まった。
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