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  • 第1話 牢屋への応援コメント

    「自主企画 感想送ります。」から来ました。
    作品の雰囲気が気になりました。
    私は、作品の中で言葉や場面がどう響き合っているかを追って読むことが多いので、今回はその方向から書かせてください。
    少し長文になりますがお許しください。



    王都の地下牢獄。火炙りの刑を直前に控えた魔女の隊長・ラナと、彼女を処刑台へ連れていく処刑人が、ここで向き合います。

    外では大勢の民衆が処刑ショーを待っている。けれど本文が描くのは、その制度的な対立そのものというより、もっと狭く、もっと逃げ場のない一対一の対話です。焦点が当たるのは、実質的に三人だけです。

    牢獄という密閉空間で、短い時間だけ、何かが起きる。



    冒頭の処刑人は、強い側に見えます。大鎌を手にして、葉巻を吸い、「満足そうに」煙を吐いている。
    本文を読んでいくと、すぐにその強さのからくりが見えてきます。

    彼が「王として振る舞える」のは、この牢獄の中だけ。外に出れば気弱で、同僚にも王都の民にも萎縮している。家族もなく、才能もなく、娼館だけを生き甲斐にしている男、と書かれています。虚勢の土台そのものが、最初からかなり脆い感じです。

    その男の前で、ラナはまったく怯えません。

    「君は、とことん小物だなぁ」

    そう言われた処刑人は、激昂して杖でラナを殴ります。ラナは血を流しながら笑う。

    だが、その殴打も、強さの証というより、言葉が正確すぎて反論できなかった反応のように見えました。



    この作品の奥で静かに支えているものについて、私なりに考えました。

    一見すると、これは処刑人がラナとの対話によって変わっていく話に見えるかもしれません。読んでいくと、そこまで単純には書かれていません。

    ラナは彼を慰めない。「そんなこと無いよ」とは言わない。それどころか、「君は、一生変わらない、このままだよ」「この先、何十年、一生、変わらない…わがままな子どものままさ」と言い続ける。

    処刑人自身も、「変えたかった」「変われなかった」「空っぽなんだよ」と口にする。それらの言葉は、最後まできれいに打ち消されません。

    では何も起きないのか? そこを考えると、そうでもないことに気づきました。



    不思議なことに、ラナの言葉だけが処刑人の奥に届きます。

    他の囚人たちも彼をからかっているし、上司のライルも「グズ」と呼んでいる。でも、そういう言葉には、処刑人はとくに動かされない。腹を立てるか、従うかだけです。

    ところがラナが「小物」「子供」「クズ」「一生変わらない」と名指すたびに、処刑人は怒り、殴り、泣き、やがて「そうさ、俺は、クズだ…クズなんだよ」とまで言う。

    なぜラナの言葉だけが届くのか。本文はそこを丁寧に説明しません。説明しないまま、届いてしまう感じです。

    そのなかで特に引っかかるのが、泣く場面です。

    「何故か、泣いていた」と書かれている。

    この「何故か」という一語が妙に正直です。

    なぜ泣いているのかを、語り手自身も断定しない。涙が出てきた理由を整理せず、ただ硬い床に落ちて、染み込んでいく、とだけ書く。処刑人も、おそらく自分でもわからないまま、泣いてしまったのだと思います。



    「…ラナ、"さん"」と呼ぶ場面は、ここから少し後に来ます。「長い間、お世話に…なりました」とも言う。

    呼び方が変わって、謝意が出てきた。私を含めた読者としては、ここで何かが動いたように感じました。

    でも、ここをすぐに受け取らせないのが、この作品の苦いところです。

    ラナの返しは、「クズならクズで、一貫しなきゃ」。

    優しく受け止めるんじゃない。むしろ押し返す感じです。
    呼び方が変わっただけでは、まだ何も終わっていない。それが「一貫しなきゃ」という言葉の重さです。

    この場面が本当に生きてくるのは、もう少し後です。



    終盤

    上司のライルが登場して、ラナに侮辱的な言葉を向けます。処刑人自身ではなく、これから自分が処刑台へ連れていくラナに向けられた言葉です。

    処刑人はそこで、「ライルさん…」と呼びかける。声で止めようとした。

    ライルは無視して続ける。

    「ライルさんッ」

    もう一度、今度は力を込めて。それでもライルは「反抗期か?」とあしらう。処刑人は「違います」としか言えない。

    そのあとに残るのは、言葉ではなく視線です。

    何秒も、無言で、ライルを見つめる。

    そして、ライルが目を逸らします。

    これが、この作品で唯一、処刑人がライルに対して何かを通した場面です。言葉でも、命令でも、怒鳴り声でもない。言葉が退けられて、もう何も言えなくなった後に残った、沈黙と視線だけ。

    そして、ラナの一言です。

    「今日は、"勝った"じゃないか、坊や」

    「ラナさん」という呼び方ではなく、言葉が失敗した後に身体だけが残ったこの瞬間。その一点に、ラナは最後の名前を与えたのだと思います。



    この「勝った」は、処刑人の人生が変わったという意味ではないと思います。

    「一生変わらない」という言葉が撤回されたわけでもない。
    ラナが救われたわけでも、処刑が止まったわけでもない。

    「今日は」という限定が、ここでは重要です。

    「ついに」でも、「あなたは」でもなく、「今日は」。その一日だけの、一場面だけの出来事として名前をつけている。しかも「坊や」という呼び方はそのままです。「勝った」と「坊や」が並んでいる。

    実際、命名の直後に処刑人は「時間だ、行くぞ」と言います。

    そしてまた、カンカンと金属の音が響く。

    冒頭にも同じ音がありました。

    冒頭の音は、処刑人が牢獄へ入ってくる音でした。終盤の音は、処刑台へ向かう音です。本文は「今度は、誰かが、処刑台へと向かう音である」と明示する。

    同じ音で始まり、まったく違う場所へ続く音で終わります。



    ラナは処刑人に、最後の名前を与えます。

    処刑人はラナを、処刑台へ連れていきます。

    名前をつける方向と、処刑台へ向かう方向が、同じ二人のあいだで逆向きに動いている。しかもどちらも、もう一方を消さない。命名は処刑を止めない。処刑は命名を無効にしない。

    その両方が成立したまま、音だけが残って、物語が閉じる。

    その取り消しきれなさが、読み終わった後に静かに残る作品でした。

    救い切らない話
    変わったと言い切らない話
    それでも一瞬だけ何かが動いてしまう話。



    追記

    作品プロフィールにある「__人は、変われるのか」という言葉を読んで、なるほど、と思いました。

    この作品でいちばん残ったのは、「変われる」とも「変われない」とも、簡単には言い切らないところです。処刑人は、たしかに一瞬だけ違う動きをする。でもその後も、処刑人のままラナを連れていく。だからこそ、あの「今日は、勝った」という言葉が、きれいな答えではなく、ものすごく限られた一日の名前として残りました。

    個人的には、ラナが処刑人を救うのではなく、処刑人のどうしようもなさを見たうえで、それでも一回だけ起きた出来事に名前をつけるところが好きでした。慰めではなく、名指しとして届いてしまった感じがします。

    設定以上に、牢獄の中の短い会話だけで人物の弱さと揺れを残しているところが印象的です。

    感想として言うなら、この作品は「人は変われる」と励ます話ではなく、「変われないままでも、一度だけ違うことが起きる瞬間はあるのかもしれない」と思わせる作品でした。