第7話 私とすれば
アルティを連れてやってきたのは、エレシアがよく利用する宿だ。
安全面でいえば正直、この町にいる限り保証できるものではない――だが、人の出入りなどの自由度が高く、重宝している。
アルティには空き部屋を一つ取ってもらい、しばらくはここを行動拠点として使う。
「――さて、一先ず協力はするけれど、犯人について分かっていることはさっき聞いたことくらいよね?」
「そうですね。この辺りでもかなり目立つとは思いますが……」
「まあ、大柄な男だけながらそれなりにはいるのよね。用心棒とかで強く見せるのに体格って役立つから」
「魔族的な特徴を持つ方を見かけたことはあるのですか?」
「そういうのは隠すものだから。それと、あまり魔族の話はしない方がいいわよ」
「どうしてです?」
「どこで誰が聞いているか分からないもの――特に、ここに身を隠している魔族が自分を探しに来たのかも、と勘違いする可能性だってあるから」
「! すみません、軽率なことを」
「まあ、これから聞き込みはすることになるし、下手なところで言わないようにすれば大丈夫」
「心得ました」
「じゃあ、話を戻すけど――魔族らしい特徴を持つ人間は、この辺りでも見かけたことはないわね。町全体で言えば、それなりにはいるかもしれないけれど」
それこそ、身を隠すためにここに流れつく者は少なくはないだろう。
王都で事件を起こして、ここに逃げ込んだ。
よくある話だが――違和感もある。
「その犯人、王都で五人を殺して逃走したのよね? 一度に五人殺したとは思っていないけれど」
「正確に言えば、五人以上です――ただし、ターゲットを思しき人物が五人ですね。いずれも襲撃を受けて殺害。護衛として就いていた私兵や、駆けつけた騎士も含めればもっと犠牲者は多いかと」
実際の数は聞いていたよりも多いようだ。
「全部数えたら相当ってことね。殺されたのは――貴族?」
「……はい。狙われたのはいずれも貴族です。被害者の共通点はその通りなのですが、逆に言えば――それ以上の共通点は今のところ確認できていません」
貴族は王国において政治を中心に、物事の取り決めを行う上では重要な立ち位置にある。
だが、ここまで表立って貴族ばかりを狙う事件は、エレシアもあまり経験したことがない。
「そういうのって、たとえば何らかの派閥に所属しているものだとは思うけれど」
「そうですね。王国の勢力図で見れば、やはり政治的に派閥が存在しています。ただ、被害者はそれぞれ別の派閥に所属しています。つまり、どこかの派閥に対する宣戦布告だとか、陥れる目的ではないと思われます」
無差別的――そうなると、犯人の目的は不明ということになる。
「単純に考えると、そうね。仮に派閥に対する攻撃だったとしても、自分の派閥の人間を殺すのはリスクが大きすぎる――ただ、無差別と決めつけるのは早計ね」
エレシアは腰掛けた椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げた。
――やはり、現状では情報が少なすぎる。
アルティは一先ず、エレシアに協力を求めるためにやってきた。
現状、魔族と思しき犯人――『人狩り』が無差別に貴族を狙った殺人事件、ということだ。
そこまでやった上で――この町に逃走してきた、というのが気になっている。
(……貴族の私兵だって、それこそ腕の立つ人間を雇っているでしょうに。一人か二人、殺された時点で――警戒は一層強まったはず。五人の殺害を遂行して、最後はこの町に来る意味は? 目的を達成した、ということ?)
「あの、エレシアさん?」
エレシアが考え事をしていると、アルティが声を掛けてきた。
「ああ、ごめんね。こういう風に色々考えるのも久しぶりだから。やっぱり、手っ取り早い方法は犯人を見つけることでしょうけれど」
「はい。エレシアさんはこの町に詳しいでしょうし、犯人の情報が得られればと思っています」
「人並み程度だけどね。情報屋みたいなのとは知り合いだから、まずはそこから当たって――!」
エレシアがそこまで言ったところで、立ち上がった。
「どうかされましたか?」
「……誰か知らないけど、真っすぐこの部屋に向かってきてる」
「!」
迷うことなく、エレシアの部屋に向かってくる――気配を隠すこともない。
先ほどのアルティの一件もあり、エレシアの警戒心は強まっていた。
入口の扉には一応、鍵をかけているが――ガチャガチャと音を鳴らすと、なんとそのまま扉が開く。
先手必勝――エレシアはその人物の動きを止めようとしたが、
「はぁい、エレシア! 元気ぃ? 少し予約の時間より早いけど来ちゃったっ」
――目の前に姿を現したのは、随分とはだけた服装の女性だった。
それこそ娼館にでもいるような様相であるが、エレシアは彼女のことをよく知っている。
「……エレシアさん、その方は?」
アルティは少し驚いた表情を見せていた。
先ほどまではいかにも敵が部屋に襲撃を仕掛けてくるような空気だったはずが一転――気まずい空気になる。
「あー、えっと――」
「あら、もう一人いたの? 仕事関係の人? それとも、三人でするつもり?」
「三人で……?」
「悪いけれど、今取り込み中だから――後にしてくれる?」
「えー? せっかく来たのにぃ。わたしは別に三人でやってもいいのよ? 料金もサービスしてあげ――」
「いいから、一回出なさい!」
バンッとエレシアは扉を閉め、再び鍵をかける。
ちらりと振り返ると、アルティは表情も変えずに口を開く。
「……今の方はお友達ですか?」
「まあ、そんなところ?」
「友達なのに、料金を取るんですか?」
「うっ、それは……」
アルティは冷静に、問い詰めるような口調で続けた。
「先ほどの女性の服装――似たような方はこの町で見かけました。娼館の近くで。それで、お友達と何をする予定だったんですか?」
まるで尋問を受けているかのようで、エレシアはただ苦笑いを浮かべる。
だが、やがて観念したように溜め息を吐いた。
「……はあ、そんなに気になるなら答えてあげるけど。そういうお遊びくらい大人なら普通でしょ。たまに娼館に行ったり、こういう宿に来てもらったりってこと」
わざわざ説明すると、気まずいものだ――早い話が、金を払ってそういうサービスを受けている、というだけの話。
先ほどの女性とも、アルティが来なければ今頃――いつも通り楽しんでいたことだろう。
むしろ、彼女が来たことで約束していたこともすっかり忘れていた。
アルティは少し考え込むような仕草をした後に、
「そういうことでしたか。なら、これからはわざわざお金を払ってする必要はありません」
「? それはどういう……?」
「おかしなことを。必要であれば、いつでも私とすればいいではないですか」
――アルティはまたしても、迷わずにそんなことを口にした。
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