「月」が存在しない世界。
その一文だけでも十分に惹かれるのですが、この物語の面白さは、不思議な世界を巡ることだけではありません。
妻を失い、どこか空っぽになってしまった主人公・三。
謎めいた旅人ヴァルとともに、彼は「何かが欠けた世界」を渡っていきます。
最初に辿り着くのは――【目のない世界】。
そこでは、私たちにとって当たり前の「目」を持つことさえ異質です。
常識も、価値観も、正しささえも、世界が変わればひっくり返ってしまう。
けれど読み進めるうち、私はもう一つの面白さに気づきました。
目を持っている三自身が、この世界で少しずつ「見ること」を覚えていくのです。
見えることと、見ていることは違う。
目に映るものだけではなく、その向こうにあるものまで捉えようとしていく。
喪失を抱え、決して最初から立派ではない主人公が、失敗しながら少しずつ前へ進んでいく姿にも惹かれます。
欠けているのは、世界だけなのか。
そして彼らが目指す【完璧な世界】とは、本当にどんな場所なのか。
不思議な世界を旅しながら、人の心まで静かに覗き込んでいく物語。
三とヴァルの旅の先を、これからも追いかけたくなる作品です。
独特の世界観と文章。
世界観は、少し哲学的であり詩的。
説明が最低限で、読者に『あなたが考えろ』と突き放す。
ゆえに、世界はとてもシンプルで美しささえ感じる。
文章は商業レベルに達している。
ただし、体言止めや倒置法などを駆使し、一種独特のリズム感を持つ。
こちらも世界観を詩的な印象をもたせるのに一躍買っている。
私は好きだが、刺さらない人にはまったく刺さらないかも。
また、この世界観のまま、長編にするのはしんどいかも。
いいところ8万文字から10万文字くらいで、お腹いっぱいになりそう。
長編にすると、(読んでいる側が)しんどいかも。
好き嫌いはあると思う。刺さらない人にはまったく刺さらないかも。
意図的なのかもしれないが、ヴァルの容姿的描写がまったくないのも気になった。彼女が概念的なものであり詩的な物語を追求しているからだろうか。もしもそうでないなら、ただの描写不足なのかも知れない。
物語の展開は、ずっと序破急、序破急で進み、大きな転換点には現在行き着かなかった。
今後どのように世界が展開していくかについては楽しみである。
SFっぽくもあり、怪談っぽくもある。
妙に記憶に残る作品となった。
どことなく、秦建日子の小説を始めて読んだ日のことを思い出した。
2000字足らずの第1話だけで、これほど先が読みたくなる作品はなかなかありません。
最大の魅力は「月がない世界」という設定の詩的な必然性です。月は自分では光らず、他の光を借りて輝く——その説明が、退屈な毎日を生きる主人公「三」の姿と静かに重なります。欠けているのは夜空だけではない、という読後感が、短い文章の中にちゃんと宿っています。
「夢ノート」に書かれた三行目が何だったのかを明かさずに終わる構成も巧みでした。読者も三と一緒に「それは何だろう」と旅に出たくなる。そこへ盲目のヴァルの「私の目ではもう、叶わない」という一言が落ちてくる終わり方は、掴みとして申し分ありません。
文体は平易でテンポがよく、一人称の焦りと落ち着きの切り替えも自然です。続きが毎週日曜更新とのこと、楽しみに追いかけたい作品です。