第18話 最初の国民

五つの光。

 空中へ浮かぶ地図の上で、それぞれが静かに脈打っていた。

 俺はその光景を見上げたまま、しばらく動けなかった。


「……あと五人」


 七代目。

 八人目。

 そして、まだ見ぬ夢守りたち。


 世界は俺が思っていたより、ずっと広かった。

 その時だった。ガルドが大きくため息をつく。


「で?」


「え?」


「お前はこれからどうする」


 俺は言葉に詰まった。

 どうする。

 そんなこと考える余裕なんてなかった。


 夢を救って、神に追われて、世界の秘密を知って。ここまで必死に走ってきただけだ。

 ガルドは腕を組む。


「行き先がないなら、また流されるぞ」


 その言葉が胸に刺さった。

 村を追放された時もそうだった。

 行き先がなかった。だから流されるしかなかった。


「……そうだな」


 俺は拳を握る。


「国を作る」


 口に出した瞬間、不思議と迷いが消えた。


「夢を諦めた人が帰ってこられる場所を作る」


 ミアが笑う。


「やっと言った」


「え?」


「それが夢守りの始まりだから」


 その時だった。

 夢守りの紋章が淡く輝く。


 《条件達成》

 《夢守りの目的を確認》

 《国家建設を開始します》


 目の前に、新しい表示が現れる。

 今までとは違う。

 能力ではない。それは地図だった。


 《国家名》

 《未設定》

 《国民》

 《0人》

 《領土》

 《なし》

 《資金》

 《0》

 《食料》

 《0》

 《評価》

 《世界から存在を認識されていません》


 ガルドが覗き込む。


「何だそれ」


「俺にも分からない」


 ミアだけが嬉しそうだった。


「やっと始まるね」


「何が」


「夢守りのお仕事」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 地下牢を出ようとした、その時だった。


「待ってください」


 振り返る。アストレアだった。

 黄金の槍は砕けたまま、翼も半分ほど消えている。

 もう神々の執行官には見えなかった。

 ただ、一人の女性だった。


「レイさん」


「なんだ」


「私は……」


 少し迷ってから静かに、頭を下げた。


「ありがとうございました」


 俺は首を横に振る。


「礼を言われることじゃない」


「違います」


 彼女は微笑んだ。


「私は今日まで、神としてしか生きられませんでした」


 少しだけ涙ぐむ。


「でも今日は…妹に戻れました」


 その笑顔は、今までで一番自然だった。

 俺もつられて笑う。


「また兄貴に会えるさ」


 その言葉に、アストレアは何も答えなかった。

 ただ、小さく頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 地下牢を出る。

 朝日が昇っていた。

 王都の人々は、まだ何も知らない。


 地下で起きた出来事も、神界の異変も、世界が少しだけ変わったことも。


 その時。城門の近くで、小さな男の子が転んだ。

 抱えていたパンが転がる。


「ご、ごめんなさい!」


 男の子は慌ててパンを拾おうとする。

 だが通行人は誰も立ち止まらない。

 皆、急いでいる。

 俺は駆け寄った。


「ほら」


 パンを拾って渡す。


「ありがとう!」


 男の子は満面の笑みを浮かべた。

 そして突然、俺の服を掴む。


「お兄ちゃん!」


「ん?」


「お兄ちゃんのお家、どこ?」


 俺は答えられなかった。

 家…。もうない。


 村は俺を追放した。

 帰る場所なんて、どこにもない。


 男の子は少し困った顔をして。

それから、にっこり笑った。


「じゃあ!」


 その笑顔は眩しかった。


「ぼくと一緒だ!」


「え?」


「ぼくも、お家ないんだ!」


 胸が締め付けられる。

 男の子は明るく続けた。


「でもね!いつか、お家を作るんだ!」


 その瞬間。

 俺の紋章が強く光る。


 《対象確認》

 《夢を検出》

 《名称》

 《家族がほしい》

 《年齢》

 《7歳》


 《危険度》

 《なし》

 《推奨》

 《保護してください》


 俺は表示を見て、しばらく黙っていた。

 ガルドが静かに笑う。


「どうした」


 俺は男の子を見る。

 小さな体。

 汚れた服。


 それでも笑っている。


「……国民、一人目」


 その言葉に、ミアが満面の笑みを浮かべた。


「うん。おめでとう」


 《国家情報を更新》

 《国民》

 《0 → 1》

 《国家建設開始》


 その瞬間。

 誰にも見えない場所で、世界に一本、小さな光の柱が立ち上った。


 まだ誰も知らない。

 それは城でも、王宮でもない。


 たった一人の子どもを迎え入れた、その瞬間。

 世界で一番小さな国が、生まれたのだった。

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