第9話・灰の庭の逃避行

 フェイが不安そうな顔に戻り、トキに話しかけた。


「あ、あの⋯私の治療にも限界があるので⋯その⋯身体大事にしてくださいね⋯?」


 トキが申し訳なさそうに頭を掻いて。


「あぁ⋯すまねぇ⋯でもこれしか思いつかなくてよ⋯」

「何があったら⋯僕の刀を胸に刺すという選択肢が出てくるんですか⋯」


 ルカがカノンの腕の中でツッコミを入れた。


「アイツ⋯俺の傷広げるみたいな竜巻使いやがって⋯んで失血死するとヤバいから取りあえず止血するために灰化させようって思って⋯」


 全員の呼吸が止まった。何を言っているんだコイツは。という目をしていた。しかし、ドン引きしていたわけではない。ルカは驚愕していた。

 フェイという人間が居たから灰化を治せたものの、灰化を治す手段を知らないというのに咄嗟の判断で胸を突き刺し止血。こんな荒業、簡単に出来る人間はまず居ないだろう。

 ルカがカノンから降りると同時に、カノンがトキに駆け寄った。そして肩を強く掴み、揺さぶる。


「今回は仕方無いとしても⋯次同じように無茶したら殺す」

「私も⋯殺しはしないけど、怒るからね⋯?」

「⋯無茶しないでくれよ」


 何でも屋の3人が続けて言い放った。トキが苦笑いを浮かべ、肩を回して見せる。


「⋯ありがとな。お前ら、俺は健康体だから心配するな!」


 その光景を、ルカとフェイは少し離れて眺めていた。タイミングを図り、ルカが咳払いして口を開く。


「では⋯改めて自己紹介をさせてください。僕の名前はルカ。紫色を操れる刀使い⋯なんですけど、実は今刀持ってないんですよね⋯」

「それ⋯ヤバくないか⋯?」


 カノンが引きつった笑顔で問いかけた。しかしルカは余裕そうである。


「いえ、実は刀じゃなくても案外代用できたりするので⋯」


 門の隣にあった錆びた鉄の棒を手に取り、それを地面に置き、近くの石を持って叩き始めた。


「何してんだ⋯? アイツ⋯」

「た、たぶん⋯薄くして刀っぽくしようとしてるんじゃないかな⋯?」


 フェイの肩の幽霊も困惑したのか硬直している。


「よし!出来ました!!」


 そう言って、ルカは薄く伸ばされた鉄の棒を掲げ、鞘にしまった。


「なんでサイズ合ってんだよ⋯」


 カノンが呆れたように呟き、ルカから目を逸らす。その表情は呆れの他に、死闘の中に出来た短い休憩時間を楽しむ感情も見え隠れしていた。

 ルカが再び咳払いし、門の真下に立った。


「さて、そろそろ行きましょうか、この先の灰の庭の瓦礫の残骸に、私達が暮らす地下拠点があります。紹介したい人もいるので、案内しますね」


 そう言うと、一歩踏み出し、灰の庭へと足を踏み入れた。残りのメンバーが後に続く。舗装されていた色無しの街の歩道とは違い、辺り一面が瓦礫で埋め尽くされ、遠くを見れば様々な地形が見えた。


「ルカ。ここからその拠点ってのは、どのくらい距離があるんだ?」


 辺りを警戒しながら、トキが尋ねた。ルカが顎に指をあてる仕草をして、


「大体5kmくらいですかね?」


 と言った。5km。普通に歩く分には微妙な距離だが、ここは灰の庭。いくら低位〜中位の色憑きしか湧かないとはいえ、ここにいるメンバーは全員それなりに消耗しており、トキは勿論、ルカの傷も完全には癒えていない。

 傷の回復にも色を使用するため、使いすぎると灰化を招くのだ。つまりフェイも迂闊に回復出来ないということになる。


 辺りを見渡すと、色憑きが何体か付近を彷徨っているのが見えた。まだ見つかっていないし、見つかっても逃げ切れないことは無いだろう。その時、トキが口を開いた。


「お前ら、夜まで待つぞ」


 全員、一瞬理解が追いつかなかった。


「え⋯なんで? トキ兄は特に重症だから早く休まないといけないのに⋯」

「だからこそだよ。こんな奴らに体力奪われてるようじゃダメなんだよ⋯アイツらは目が悪い。深夜帯になれば俺達を視認出来なくなるんだ」


 ほぉー。とでも言いそうな顔でトキを見た。


「⋯やめろその顔。ほら、隠れるぞ」


 瓦礫に6人で身を潜めながら、声を小さくして会話する。


「トキ兄、そんな色憑きについて詳しかったっけ?」

「勉強したんだよ。お前と違って努力出来るからな」

「トキって勉強とか出来るんだな」

「舐めてるだろカノン⋯」

「私も努力出来るんだけど!?」

「声大きいですって⋯!!!」


 何でも屋の3人が会話し、ヒートアップしたところを静止する。フェイは瓦礫に頭を置いてすやすやと眠り、空は一人で考え事をしていた。

 あの時、自分の首を刎ねたあの色憑き。間違いなく、本来この辺りにいる個体ではない。そして、突然現れたあの金と銀の少年少女。偶然にしては出来すぎている気がしてならなかった。フェイは、自分に扉を開けさせるように頼んだ。

 扉を開けた先に、あの2人が居た。フェイはあの時、空に何を伝えようとしたのか、考えても答えは出ないまま、隣から聞こえる喧騒を背に、眠りについた。


──────────深夜帯。


 トキに頭を叩かれ、空は起こされた。


「何寝てんだよ、行くぞ」

「いてて⋯わざわざ叩かなくても⋯」


 ルカがまだ眠っているフェイをおぶろうとしたが、傷を心配したのかカノンが代わりにおんぶすることになった。

 夜の闇に染まった瓦礫の上を歩き続けて、小一時間ほど経った頃。ルカが突然足を止め、地面の瓦礫をどかし始める。一際大きな物をトキとふたりがかりで退かすと、鉄で出来た頑丈そうな扉が現れた。ルカがこんこんとノックすると、数秒遅れて中から声が聞こえた。


「ふわぁ⋯どちらさまー⋯?」


 間延びした女性の声が聞こえてくる。時間が遅いからだろう。盛大にあくびをしていた。その声を聞いて、ルカは声のボリュームを抑えて返答した。


「ルカです。例の4人、ちゃんと救出しましたよ。フェイさんも無事です」

「ふぇ? あっ、お〜〜! さっすがルカくん! よし、じゃあちょっと待ってね⋯!」


数秒後、扉がゆっくりと音を立て、地下への穴が姿を現した。そして、移動用のはしごを片手で掴む少女が、6人を出迎えた。その少女の身体に、一瞬全員が目を奪われ黙り込んだが、その沈黙を破るように少女が声を上げた。


「さ!!入って入って!!」

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