第27話 夜のドライブに落ち着けない②

「それにしても、咲良ちゃんは全然酔ってないね。案外いける口なの?」

「あー、それは飲んでないんで」

「もしかして、俺に遠慮して飲まなかったとか?」

「いいえ。そうじゃなくて、私、早生まれなんですよ」

「……ん?」

「まだ誕生日が来てなくて、十九なんです。だから、お酒は」


 興味はあるけど飲んだことはないというと、一織さんは小さく「マジか」と呟いた。


「ルームサービスでシャンパン入れてたんだよね。一人で飲む羽目になるとこだったのか」

「えっ、そんな用意までしてたんですか?」

「さすがに土壇場の予約だから、最上階は無理だったからさ。せめて、ルームサービスくらいは豪華にと思ってさ」


 オードブルやクリスマスケーキも予約していたと聞き、ほんの少しだけ食べてみたかったなと、食いしん坊な私が顔を覗かせた。


「でも、これでよかったのかもな」

「そうですね。陽菜ちゃんには悪いけど、大きなトラブルにもならなかったわけだし」

「まあ、それもだけど……はじめてホテルに誘うなら、やっぱり最上階かなって。咲良ちゃんの誕生日に、予約を入れようか」

「えっ!?」


 突然の提案に驚くと、一織さんは「誕生日教えてくれる?」と、なに一つ動揺した様子もなく訊いてくる。

 それってつまり、ホテルへ行こうって誘われているんだよね。


 ホテルデートをサプライズしようとしていたことにも驚いたけど、堂々とホテルに誘われるというのも、なかなか恥ずかしい。しかも、ファッションホテルじゃなくて高級ホテルの最上階って、スイートルームっていわれる豪華な部屋だよね。

 驚きと恥ずかしさに顔が熱くなり、冷えた指先で両頬を包み込んで息を吸い込んだ。


「ダメかな?」

「そ、そんなことは……三月十七日です」


 心臓がバクバクいっていた。恥ずかしくて耳まで熱くなっていると、横から大きなため息が聞こえたかと思ったら「よかった」と、ほっとしたような呟きがこぼれた。


「断られたらどうしようかと思った」

「そんな、断るだなんて!……嬉しかったですよ」

「本当によかった。けど、カッコつけるのも楽じゃないね」 


 ハンドルを切りながら頬を緩ませる一織さんは「春生まれなのか」と、目を細めていった。


「咲良ちゃんにぴったりだ」

「そうですか?」

「名前の由来も、桜の花だったりして?」

「んー、残念。私の生まれは栃木なんで、まだ桜の時期じゃないですよ」

「そうなの?」

「でも、当たらずとも遠からずかな。お腹が大きい時に寒い冬を乗り越え、花が咲く頃、私と会えるって思えば頑張れたって母がいってました。花が咲くのを待ちわびるのもいいものよって」


 私が生まれた時は近所のハクモクレンが満開で、病院の花壇にはチューリップやパンジーが色鮮やかに咲いていたとも。

 花が大好きな母らしいなとか、私は母の花になれたのかなとか、今でも花を見ると時々思うことがある。


「咲良ちゃんはお母さんの花なんだね」

「……そうなれたらいいなって、ずっと思ってます」

「その花を、俺は枯らしちゃいけないな」


 優しい言葉に嬉しくなりながら、どう返事をしていいかわからなかった。でも、頬が緩んでしまって、私のそわそわした気持ちは一織さんに筒抜けだろう。


「そ、そうだ! 一織さんのお誕生日はいつですか? その日はいっぱいご馳走作らないと」

「んー? 六月八日だよ。咲良ちゃんの手料理で誕生日か。楽しみだな」

「和食の方がいいなら、お赤飯ですかね。ちらし寿司とか?」

「いいね。その祝われ方はされたことがないよ」


 美味しい日本酒に合う料理がいいなとか、お刺身なら赤身と白身どっちが好きかとか。マンションに辿り着くまで、料理談議に花が咲いた。

 

 マンションに着いたのはだいぶ遅い時間だった。

 せっかくだからケーキくらい食べたいよねといってコンビニに立ち寄ったけど、さすがにコンビニスイーツも売り切れていた。


「来年のクリスマスは二年分のケーキで祝わないとだな」

「なんですかそれ」


 本音をいえばケーキなんてどうでもよくて、今、一織さんと一緒にいられることの方が嬉しい。そんなことを思って通り過ぎようとした棚に、ホットケーキミックスの箱を見つけた。


「咲良ちゃん?」

「いいの見つけました」


 カゴにホットケーキミックス、バニラアイス、カットフルーツ、ナッツを入れると、一織さんは「これから焼くの?」と首を傾げた。


 そうして、マンションの部屋に着いたのは23時すぎ。

 部屋にバターの芳ばしい香りが立ち、ふっくらと焼き上げたホットケーキをお皿に重ねた。スプーンですくったアイスとカットフルーツをのせ、おつまみのナッツを砕いて散らす。

 

 思い立って夜中に作ったホットケーキだけど、それなりに見える形になった。二人で分けた熱々のホットケーキは、人生で一番甘くて幸せな味がした。

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